夏の声
それは夏になれば、誰もが耳にする音。
みーんみーんみーんみーん
「…暑い」
政宗は太陽を手で隠すようにして顔をしかめた。縁側の日陰にも注がれる光は、少しも気持ちが穏やかになるようなものではなかった。
「確かに、暑いですね」
愛姫が少しも暑くなさそうに返事を返す。政宗がはあ、と団扇を横に置いた。
「政宗様、扇がなくてよいのですか?」
「この暑さだ。扇いでもそう変わらん」
政宗は言うと、ごろりと縁側に横になった。縁側に腰掛ける形になっていた政宗の足元には、氷がいくつか浮いている水の入った桶があった。政宗はその中に裸の足を浮かせていた。二人が黙ると、せみの声が一層騒々しく響くようになった。寝転がっていた政宗の眉間に思わずしわが寄る。
「…ええい、五月蝿い。五月蝿とはよく言ったものだが、今のわしとしては七月蝉と叫びたいところだ」
「政宗様は、せみがお嫌いですか?」
「嫌いだ」
愛姫が訊ねると、政宗はきっぱりと言い放った。愛姫がそうですか、と小さく呟いた。政宗はがちらりと愛姫を見やった。
「愛殿はどうなのだ、せみは嫌いか?」
「いいえ、好きです」
政宗の問いかけを、愛姫はあっさりと否定した。正座の姿勢から足を崩し、政宗と同じように縁側に腰掛ける。
「だって、せみはとても強い生き物ですから」
「…せみが強い? 本気で言っておるのか?」
怪訝そうに言う政宗に返事を返さず、愛姫は立ち上がった。草履を履いて、庭に向かって歩いていく。庭の真ん中あたりに行ったところで、愛姫はそっと口を開いた。
「せみは、たったの七日しか鳴くことができません。七日、しか。その短い一生の中で、せみは何が出来るのでしょう。それはきっと、鳴くことだけなのではないでしょうか。そしてせみは、それをきっと誰よりもわかっているのだと思います。七日しかない一生の中で、ただ鳴く。己の出来る限りのことを、その短い一生で精一杯にやって死んでいくのは、きっと幸せなことだと思います。その死は、きっと満足のいく最期でしょう。せみはきっと、笑って死んでいけるのではないでしょうか。それは、とてもうらやましいことのように思えるのです」
愛姫は息をつくと、木にそっと近付いた。そこには多くのせみが止まっており、先程と変わらぬ騒々しさで鳴いていた。愛姫はざらざらとした木の肌をそっと撫でた。
「だから、私はせみが好きです」
愛姫が振り返って政宗を見る。その目は笑っていた。
「私も、そんな風になれたら、と思います。私も、せみのように、最期は笑って死にたいです」
どこか遠くを見るような目で呟くと、愛姫はふと地面に目を落とした。愛姫はその場にかがむと、何かを拾って立ち上がった。少し嬉しそうな顔をして、政宗の方へと駆けていった。愛姫が政宗の目の前まで来たところで、今まで黙っていた政宗が口を開いた。
「…そんなことを、申すな」
政宗が呟くと、愛姫が不思議そうに首をかしげた。政宗が顔を上げる。
「笑って死にたい、などと申すな。笑って生きていきたい、と言え」
政宗は言うと、愛姫に言葉を返す暇すら与えず続けた。
「もちろん、わしの隣でな」
にやりと政宗が笑う。愛姫は目をきょとんとさせていたが、すぐに政宗の言った意味を理解した。そして、嬉しそうに顔をほころばせた。
「はい」
愛姫は微笑むと、政宗に己の両手を差し出した。そっと手を開く。
中には、せみの抜け殻があった。薄茶色の、ほんの少し力を込めるだけで、壊れてしまいそうな、脆いものだった。しかし、それは土の中で何年も耐えた証だった。政宗はそれを手に取ると、小さく笑った。
「せみは、強いな」
「ええ、とても」
愛姫は相槌を打つと、政宗の隣に腰掛けた。政宗の傍に寄り添い、愛姫は庭のせみに目をやった。
「風流、ですねえ」
まだ騒々しく泣き喚くせみを眺めながら、愛姫はまた微笑んだ。政宗はその横顔を見やると、そっとせみの声に耳を傾けた。
「ああ、心地よい音だ」
先程まで、あれほど騒々しいと思っていた音が、今はとても懐かしく感じられた。
それはどこか懐かしい、夏を生きる音。
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イラストのお礼も兼ねて、相互リンク記念にハッカ様に捧げます。
テーマは「夏の政愛を書いてみよう」です(笑)
私の政愛ってあまり夏が舞台の話じゃないので、あえて夏で。季節も夏ですしね。
でも涼しげな内容にしたかったのに、ちっともなりませんでした(汗)
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