「夕日が、綺麗ねえ」


夏祭り


「そうでございますねえ」
のんびりと言う愛姫に、お清は目を細めて頷いた。愛姫の白い肌は、夕日に照らされて輝いているかのように見えた。ふと、愛姫が城下町に目をやる。
「あれ、何だか賑やかね」
言われて、お清も窓辺に駆けていった。眼下に広がる風景を見て、納得したように言った。
「ああ、今日は町外れの神社で夏祭りが行われるのですよ。店もたくさん出るらしく、多くの町民が訪れるそうです」
「へえ…」
愛姫は呟くと、通りの向こう側を見た。夕暮れの中でほのかな光が灯されているのが目に映った。愛姫は何かを思い返すような目でそれを見つめた。と、襖ががらりと音を立てて開いた。
「愛殿、おるか?」
愛姫が振り返ると、夫の政宗が襖を開けたままの状態で立っていた。愛姫はいつもどおり駆け寄ろうとしたが、その前に政宗がお清の方を向いた。
「お清、喜多が呼んでおったぞ。明日の朝食のことで話があるそうだ」
「私に、ですか?」
お清がきょとんとして問い返す。
「ああ、わしには詳しいことはわからんが、大広間で待っているということだ」
政宗が背後を指差した。お清が頭を下げる。
「わかりました。直ちに参ります」
お清は政宗の方へ行きかけて、愛姫の方を振り返った。
「姫様、失礼致します」
愛姫に一礼すると、お清は政宗の脇を通って部屋を出ていった。お清の足音が遠のくと、政宗は慌てた様子で愛姫の下へと駆けてきた。愛姫がきょとんとする。
「政宗様、いかがなされました?」
「しっ、静かにしろ。出かけるぞ」
「えっ、どこへですか?」
口元へ指を寄せて言う政宗に、愛姫は目を丸くした。そんな愛姫を見て、政宗はにやりと悪戯っぽく笑った。
「祭りに、決まっておろう」




「政宗様、本当によかったのですか?」
「何がだ」
政宗は訝しげに問い返した。愛姫は政宗の顔を覗くようにして言った。
「いえ、勝手に出てきて構わなかったのでしょうか。お清に何も知らせずに出てきてしまいましたから」
「あやつには、もとから言うつもりはない」
政宗はけろりとして言った。愛姫が首をかしげる。
「あやつに愛殿を祭りに連れて行くなどと教えたら、あやつのことだ必ず止めただろう。そんなことは、させぬ」
踏ん反り返って政宗はきっぱりと言い放った。
「愛殿は、わしと一緒に祭りを楽しんでもらうのだ。お清ごときに邪魔をさせるものか」
政宗は悪戯っぽく笑うと、愛姫の方を振り返った。
「愛殿、今日の浴衣もよう似合っておるぞ」
「本当ですか?」
愛姫は紺地に藍ぼかしの朝顔模様の浴衣を着ていた。金に近い黄色の帯と朱赤の下駄を履き、手には梅と菊をあしらった巾着を持っている。
「政宗様もよくお似合いです」
政宗は萌黄色の浴衣を身につけていた。若草を思わせる緑に、木賊とくさ色の帯がよく似合っている。
「そ、そうか?」
照れたように頭をかく政宗。しかし、顔は嬉しそうだった。
「早く行かんと混んでしまうぞ」
「あ、お待ち下さいませ!」
政宗が足早に駆け出したので、愛姫は慌てて後を追う羽目になった。




「これが夏祭りですか。賑やかですねえ」
「愛殿は祭りを見たことがないのか?」
きょろきょろと辺りを見渡す愛姫を見て、政宗が目を丸くした。
「はい。遠目で見たことは何度もありますが、このように実際に訪れるのは初めてです」
「何故、行かなかった?」
「行きたいと言ったこともありましたが、お清や他の侍従に止められました」
淡々と言ってのける愛姫に、政宗は黙ったままだった。
「でも、米沢に来てからというもの、政宗様が私の手を引いて、知らなかった世界を見せてくれます」
愛姫は空を仰ぐようにして顔を上げた。
「それはとても嬉しいことで、とても幸せなことなのです」
空から目を離し、政宗の方を向く。
「政宗様。米沢のいいところ、もっと私に見せて下さいませ。米沢の夏を、もっと私に教えて下さいませ」
にっこりと愛姫が笑う。政宗は突然見せられた笑顔に一瞬戸惑ったが、すぐにいつもの小生意気な顔に変わった。
「ならば、もっと見せてやろう。米沢の美しさ、米沢の夏をな」
政宗は言うと、さっと一つの屋台を指差した。
「まずは、あれだ」
見えた先には、檜で出来た底の浅い水槽があった。その中に真っ赤な金魚が悠々と泳いでいる。
「何ですか、あれ」
政宗の思ったとおり、愛姫は不思議そうに首をかしげた。政宗が屋台に駆けていく。
「あれはな、金魚を薄い網で掬いとり、手に持った椀の中に落とす遊びだ。たくさんとればとるほどもらえるのだ」
「えっ、もらえるのですか?」
「ああ、好きなだけな」
政宗が言うと、愛姫は目をきらきらさせて水槽の中を覗いた。水槽の中ではたくさんの金魚がゆらゆらと揺れている。政宗は愛姫の表情を眺めて、店の主人にじゃらと小銭を渡す。
「親父、二つだ」
「あいよ」
店主は屈託のない笑顔で政宗に二つの掬い網を手渡した。針金に薄い紙を貼っただけの代物である。
「こ、これで本当に掬えるのですか?」
愛姫は不安そうに手渡された網をひっくり返したりしている。政宗はふっと笑うと自身の網を手に持った。
「ああ、掬えるぞ」
水槽に浮かんだところどころ塗装がはがれた椀を手に取ると、政宗はさっと網を斜めにかざした。政宗の目が光る。
「はっ!!」
掛け声と共に網が振り下ろされる。一瞬のち、水面近くに浮かんでいた金魚が一匹空中に投げ出された。そこから水槽に舞い戻るかと思いきや、金魚は政宗が持った椀の中に綺麗にぽちゃんと落ちた。一瞬の沈黙。周りの人間が一気にはあ〜っと息をついた。
「…と、こんなものだ」
「す、すごいです、政宗様! かっこいいです!」
愛姫が興奮しながら目を輝かせた。そこに神でもいるかのように手を組んで、拝むかのように政宗を見つめている。政宗はふふんと自慢げに胸をそらした。
「なあに、これぐらい簡単なことよ。愛殿もやってみるがいい」
政宗はそう言って、愛姫にも椀を渡す。愛姫は受け取ると、
「はい、頑張ります!」
と意気込んで水槽を向いた。政宗はその隣に並ぶと同じように金魚と再び向かい合った。しばしの間、二人は言葉を交わすこともせず金魚すくいに熱中した。金魚が逃げては目で追い、やってきては網を構えた。しばらく経ってから、びりっという音が聞こえたかと思うと、政宗の網が破れた。
「ああ、破れてしまったか…ち、政宗としたことが、しくじったわ」
政宗の椀の中にはすでに七匹の金魚が泳いでいた。まあ、上出来といえよう。
「七匹か…愛殿は何匹とれ―」
政宗は穴の開いた網を眺めて、愛姫を振り返った。瞬間、政宗の顎が落ちた。
「えっ?」
愛姫がきょとんと首をかしげる。愛姫の椀の中にはすでに十匹もの金魚が浮かんでいた。政宗がぽかんと口を開ける。そんな政宗の様子に気付いてないのか、愛姫はまた網を水槽の中に入れた。と、とたんに紙が破れた。愛姫は破れた網を見ると、政宗の方を振り返った。
「あはは、破れちゃいました…政宗様は何匹とれました?」
愛姫がにこやかに笑って問い掛けてくる。政宗はそれに答えず、立ち上がって店主に金を突きつけた。
「…親父、もう一回! もう一回だ!」
政宗の勢いに押されながらも店主はおずおずと網を差し出した。政宗はそれをひったくると、再び金魚と向かい合った。顔を真っ赤にして金魚を睨みつける政宗を見て、愛姫は不思議そうに首をかしげた。
「…政宗様、金魚に恨みでもあるのでしょうか?」




「たくさんとれましたねー」
「そうだな…」
政宗の手には水の入った桶があった。桶の中には二十匹以上の金魚が、狭い中を押し合いへし合いながら泳いでいる。
「政宗様、やっぱり重たくありませんか?」
愛姫が心配そうに訊ねる。政宗はそれを聞いて笑った。
「この程度の重さ、何てことないわ」
政宗は言って軽く持ち上げてみせたが、わずかに手が震えている。愛姫ははらはらしながらそれを見つめた。政宗の腕が下りると、愛姫は桶を覗いて再び訊ねた。
「この桶はどうするのです?」
「明日も祭りはあるからな。またやってきて、店に返すのだ」
へえ、と愛姫が納得したように桶を見やった。政宗がくくっと笑う。
「そして、折角やってきたのだから、とまた金魚すくいをやらせるわけだ。商いの基本だな」
政宗は楽しそうに呟いた。が、愛姫が反応を返さない。どうしたのだろう、と政宗が振り返るとそこに愛姫の姿はなかった。
「め、愛殿っ!?」
慌てて辺りを見回すが、それらしき影はない。
「ま、政宗様、こ、ここですっ!」
と、人の間からぴょこぴょこと愛姫の小さな手と頭にさしたかんざしが見え隠れしている。政宗が慌ててそちらへ駆けていく。
「も、申し訳御座いません。流されてしまいまして」
「混んできたからな」
政宗は言って、周りを見渡した。人が増え、先ほどの金魚屋もたくさんの人に囲まれて水槽が見えなかった。息を切らして膝をつく愛姫を見て、政宗はしばらく悩みながらその手を眺めた。愛姫が顔を上げると、ふいに政宗に手をつかまれた。
「えっ、あの、政宗様!?」
突然のことに戸惑う愛姫の手を引いて、政宗は振り向きもせず歩き始めた。
「…はぐれると、いかんからな」
愛姫がはっと政宗を見やる。髪の間から見え隠れする耳は真っ赤に染まっていた。政宗に握られた手を見る。乱暴で、不器用な優しさ。愛姫は微笑むと、その手をそっと握り返した。政宗にもそれが伝わったようで、強く握られていた手は少しだけ緩められた。そんな子供っぽさがおかしくて、愛姫はくすっと笑ってしまった。
「め、愛殿。林檎飴でも食べぬか?」
政宗が一つの屋台を指差した。声は少し上ずっている。
「林檎飴って何ですか?」
愛姫はまたもや不思議そうに訊ねた。
「林檎が丸々一つ入った飴だ。甘くて美味いのだぞ」
政宗は手に持った桶を下ろすと、「親父、二つ」と店主に小銭を手渡した。店主の返事と共に二つの真っ赤な飴が手渡される。
「ほれ、愛殿」
政宗は振り返って愛姫に手渡した。愛姫は手渡された飴をぺろりと一舐めした。
「―おいしいです!」
ぱあっと愛姫の顔が輝く。にこにこと笑ってもう一度舐めた。二度、三度と続けて舐める。
「私、こんなおいしいもの食べたの、初めてです!」
愛姫が嬉しそうに顔をほころばせた。政宗は照れたように目をそらした。
「そ、そうか。喜んでくれて何よりだ」
政宗は愛姫と同じように口に飴を咥えると、さっと愛姫に手を差し出した。
「行くぞ」
少し赤らんだ頬を見て、愛姫は頷いてその手をとった。
「はい」




「愛殿、こっちだ」
政宗が石段の上で立ち止まって手を振っている。愛姫はからころと下駄を鳴らしながら段を駆け上っていった。
「はあ…政宗様、足早いですよう」
「そうか?」
政宗は言って、愛姫の手を引っ張った。愛姫は転びそうになりながら石段の上に辿り着いた。
「大丈夫か?」
「はい…何とか」
手を引かれて、愛姫は立ち上がった。二人がいるのは神社の本殿の前だった。宮司や巫女はどうやら何かの準備でいないらしい。政宗は愛姫が大丈夫そうだとわかると、その手を引いて社の方へと歩いていった。
「あ、あの、政宗様」
「何だ?」
「い、いいのでしょうか、こんなところまで来てしまって」
「構わん構わん。どうせこの神社の祭りなのだ。わしらがここへ来ても何の問題もあるまい」
政宗は言って、社の階段に腰を下ろした。
「疲れただろう。愛殿も座るがいい」
おいでおいでをするように政宗は愛姫に向かって手を振った。愛姫は少しためらったが、政宗の隣に腰を落ち着けた。愛姫は隣の政宗を見た。
「でも、政宗様。どうしてここまで来たのですか? 休む場所ならここでなくとも…」
愛姫が不思議そうに言うと、政宗が途中で遮った。
「ここでなければ、見えないものがある」
政宗は言って、大きく空を見上げた。愛姫はまだ納得いかないようだったが、反論することもなく黙っていた。ふいに、政宗が空を指差した。
「ほら、始まったぞ」
ぱん、ぱん、ぱんと破裂音が愛姫の耳に響いた。愛姫ははっと政宗の指差した方に目をやった。
「…わあ…!」
見えた先には光があった。真っ暗な星もない夜空に、綺麗な光る花が咲いていた。花火だ。次々に咲いては消え、消えては開いた。破裂音が同時に耳に届いた。隣を見ると、政宗の顔が光でほのかに赤くなっている。
「これを、見せたかったのだ」
政宗がわずかに口の端を上げて微笑んだ。
「打ち上げ花火というものだ。今年から、祭りの最後に夜空に放たれるようになった」
愛姫が呆気にとられながら政宗を見つめる。政宗も愛姫を見返した。
「愛殿、これが米沢の夏だ」
政宗のその言葉に、愛姫は黙ったままだった。言葉が、出ない。
「どうだ、気に入ったか?」
政宗がにやりと悪戯っぽく笑う。愛姫はそれを見て、にっこりと微笑んだ。
「はい」
愛姫は振り返って、花火を見る。夜空に咲く花を見て、愛姫は愛おしそうにそれを眺めた。
「私、米沢が好きです。米沢の夏が、好きです」
ゆっくりと噛み締めるように言って、政宗を振り向く。政宗が愛姫を見上げるような形になった。
「…この、政宗のことはどうだ?」
政宗が言うと、愛姫は政宗を見つめた。政宗は愛姫の顔を覗くようにして愛姫を見返す。政宗のそんな顔を見て、愛姫はふっと微笑んだ。

「大好きです。米沢よりも、米沢の夏よりも」




あなたが、すきです。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(2004/08/16)

相互リンク記念に、鵡川様に捧げますv「夏の政愛を書いてみよう」企画第三弾。遅くなりました;
タイトルそのまんまなお話。やっぱり夏祭りといったら、金魚すくいに林檎飴、手を繋ぐですよね。
うちの政愛は年柄年中繋いでますけどね。今更何を恥ずかしがるやら(笑)
ちなみに、最初に政宗が言っていた、お喜多がお清を呼んでいたってのは嘘です。愛姫連れ出すための。
うちのオリジナル侍女お清さんは愛姫命の超過保護さんですから。
愛姫は三春ではきちんとしたお姫様やってたけど、米沢に来てからは政宗に色んなところに連れ出されてたりするといい。
毎度のことですが、浴衣の配色に困ります。色がなかなか出てこないんですよー、柄は思いつくんですが。
そういえば、金魚すくいはこの時代なかったそうです。でも『蛍の灯』で浴衣の柄に出しちゃったので気にしないことにしました。
林檎飴についてはどうかわかりません。愛姫は変なところ器用だといい。
あ、桶で持って帰るってのは完全な浅葱の妄想です。だって、ビニールの袋なんかないじゃないですか…!
打ち上げ花火に関しては徳川家康が最初らしいですが、最近伊達政宗が楽しんだ、という記録が出てきたそうです。
というわけで、今回の話では政宗は愛姫のために花火を打ち上げることにした、となってます(^^)
意識せずに、好きだとか言わせちゃいました…。うちの愛姫が政宗のこと好きだとか言ったのこれが初めてじゃないか?


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