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Hit&Away
五月十六日……それは私、春歌の誕生日。他の人にとっては何でもない日なのかもしれませんが… 私にとっては一年に一回だけ訪れる、成長の証たる日なのです。 朝、私はいつもよりドキドキしていました。今までのどの誕生日よりも。 じつは、兄君さまが私と……そ、その……で、デートをしてくださるそうなのです。正確には、兄君さまが、ではなく、そのことを聞いたクラスメートの桂子ちゃんが、なのですが。兄君さまが誕生日に一緒に出かけてくださる、と話したら、 「そりゃデートよ。絶対!」と、桂子ちゃんは目を丸くして断言なさいました。 そして―― 「やっぱこっちのほうがいいわよね。春歌ちゃんスタイルいいから」 「そ、そんなことありませんわ……」 話を聞いた桂子ちゃんが、今日の私の誕生日のために、わざわざ出向いて来てくれたのです。そして、兄君さまとのデートのために服装のコーディネイトまでしてくれると。 「よし、これでOK。ばっちしお兄さんを落とせちゃうから!」 「で、でも、コレは少しはしたないのでは……?」 「何言ってんのよ春歌ちゃん。こんなのおとなしいほうよ。なんなら今から、もっと過激なの買いに行く?」 「いえ、それは……でも、こんな格好で、兄君さまに嫌われてしまうかも……」 「だーいじょうぶ!きっと気に入ってくれるって。私が保証する!」 なんて言われましたが…… 待ち合わせ場所に来た私はなんとなく落ち着きませんでした。家から出るときはおろさない髪の事もありましたし、短いスカートですうすうする足の事もありました(学校の制服もスカートですが、どこか違和感があるのです)。そして耳に揺れる小さなイヤリング。 でもそれ以上に、周りの視線――特に殿方のものが気になりました。駅の入り口に立つ私を道行く人々が見ていくのです。私、そんなに変な格好なのでしょうか…… その時、一人の殿方に声を掛けられました。金色に染めた髪を肩まで伸ばした、軽薄そうな。 「ねえ、君、こんなとこで何してんの? 待ち合わせ?」 「は、はい」 「誰と? カレシ?」 「い、いえ」 「友達?」 「それも……」 「じゃ、誰?」 「か、家族とです」 「家族? 妹?」 「その……」 その殿方の顔が段々と迫ってきました。嫌な匂い――タバコ?――が鼻を刺激して…… 「じゃあさ、一緒に遊びに行かない?いい店知ってんだ」 「い、いえ、結構です」 「いーじゃん、どーせヒマなんだろ?付き合ってよ」 「大事な用事ですから……」 「そんなこと言わないでさー」 なんて下劣な……私は思いました。こちらは断っているのに、傲慢な態度で迫ってきて…… でも、口に出すことはできませんでした。いつもならそれに加え突き飛ばしているところですが、せっかくの誕生日に暴力をふるうなんて…… その時、視界の端に見慣れた――でも、いつでも傍にいたいお顔が現れました。 「兄君さま!」 呼びかけると、きょろきょろしてた兄君さまはこちらを向いて、絶句したような顔でつぶやきました。 「き、君、春歌なのか? あと、一緒にいる人は……?」 「良かった、兄君さま。私、この方に無理やり……」 兄君さまに駆け寄ると、後ろで先ほどの殿方が声をかけてきました。 「兄君さまだぁ? あんた、そのコのアニキ?」 「そうだけど……」 「何です!? 私は兄君さまと約束をしているのです。あなたは関係ないでしょう?」 「そんなこと言うなよ、せっかく誘ってるんだからさ。アニキなんかほっといて遊び行こうぜ?」 ニヤニヤしながら殿方は私の腕をつかんできました。 「このっ、いい加減に……」 激昂しかけた私の腕をつかんだ殿方の動きが止まりました。見ると、兄君さまが殿方の腕をつかんでいたのです。 兄君さまは淡々と言いました。 「春歌が嫌がってるから、放してくれませんか?」 「ああ?」 「迷惑なんですけど」 「うるせえな。放せよ」 明らかに苛立った声の殿方の手を、兄君さまはそれでも放しませんでした。 「そっちが放してくれたら、こっちも離します」 「うるせえっつってんだろ! この――」 暴れようとする殿方を見て、私の体は自然に動きました。掴まれていない左手を鳩尾に叩き込み―― 「ゲッ!?」 緩んだ枷から右手を抜いて、首筋に手刀を叩き込みました。 「とう!」 「ぐっ?」 殿方の体が地面に崩れ落ちるのを尻目に、私は兄君さまの手をひいて駆け出しました。 「兄君さまこちらへ!」 「は、春歌?」 「ここまでくれば、安全ですわ。兄君さま」 「ハア、ハア……そう……」 息の上がった兄君さまを見て、私は頭を下げました。 「兄君さま、申し訳ございませんでした……」 「え?」 「私、せっかくの誕生日なのに、また兄君さまの前ではしたない真似を……」 「そんなことないよ。むしろホッとした」 「兄君さま?」 「いつもと違う格好してるけどさ、やっぱり春歌は春歌だってわかったから」 「兄君さま…それって、私がはしたない女の子と思っている、ということですか?」 「え、いや、違うよ」 「では、どういう?」 「許せないことは許せないって行動に移せるってことだよ。さっきだって、僕が殴られそうになったときに助けてくれただろ?」 「そ、それは無我夢中で……」 「それが春歌ってことだろ。問題ないよ」 「兄君さま……」 私、胸が熱くなってしまいました。兄君さまはやっぱりお優しい方だと、改めて分かりました。 兄君さま、ありがとうございます…… それから私たちは駅に戻ることになりました。実はお父様とお母様、そしてお祖母様(私の誕生日を祝うために、わざわざ来て下さったのですって!)が駅のレストランで待ってらして、兄君さまはその案内役だったそうです。 駅に向かう途中で、私は兄君さまに聞きました。今日、一番気になっていたことを。 「兄君さま、今日の私の格好、変ですか?」 「え? どうして?」 「だって、駅で待っていたとき、色んな殿方の視線を感じたものですから……。さっきだって、あんなことに……」 「それはないって。春歌は変なんかじゃないよ」 「でも……」 「それは、春歌が魅力的だったからだよ、きっと」 「え……?」 「だからみんな見てたんだよ」 「……兄君さまは?」 「え?」 「兄君さまはどうお思いになられました? 私の格好」 「え、えーと……」 「……やっぱり変なのですね……」 「そ、そんなことないって。むしろ……似合ってると思う。綺麗だと思う」 「本当ですか?」 「最初わからなかったぐらいだ。見違えたよ」 そう言って兄君さまはそっぽを向いてしまわれました。どことなく顔が赤くなっているみたい。 私はそっと、兄君さまの右腕に、自分の左腕を組ませました。 「は、春歌?」 「兄君さま、さっきは助けてくださって、ありがとうございます」 「………」 「でも、今度は私が兄君さまを助ける番ですから。先程のようにではなく、おしとやかに……」 「……期待してるよ、春歌」 「はい!」 "Hit&Away"closed.
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