刹那いくちづけ
 枯れ葉が踊り、ビルに叩きつけられ、人々の隙間をすり抜ける。
 雑踏の中、咲耶は胸中で呟いた。
 やっぱり、中で待ち合わせればよかったかな……。
 手をさすり合わせる。つかの間のぬくもりにすがる――白い吐息が夕焼けの空にほどけた。
 十二月二十日。彼女にとって少女から大人へ進む日々の、区切りの日。所謂誕生日だ。
 町並みは彼女だけを置いて通り過ぎる。いつもなら彼女もその一部に過ぎない。だが今日の主役は自分だ。他は、脇役に過ぎない。自分以外は。
 否、彼女以外に、この日に壇上に上がれる人間を彼女は知っている。
 咲耶の、兄。彼女がこの世で一番早く触れた異性であり(とは今は亡き母の弁)、一番信頼し、一番愛する人。
 彼女は待つ。彼が現れるのを。早めの聖夜を迎えるべく。

 五時三十分が過ぎた。そろそろだとは思う。
 携帯電話をちらりと見る。雑踏に、兄に似た姿を探す。J−POPに耳を傾け、今日の予定を反芻する。
「ねえ君、暇なの?」
「じゃあね」
 言葉と共に、ポケットの中身を男に掲げる。雷撃が枯れ葉を叩くような音と共に、男の目が虚ろに煙り、去っていった。
「へ〜、ホントに役に立ったわ。やるじゃない」
 水晶の入った金属製の檻に繋げられたストラップ。兄からの贈り物の一つだ。可能な限り、兄からのプレゼントは身に付けるか、持ち歩くようにしている。
 檻に入った水晶は、妹(年は変わらないが。いや、今日から数ヶ月は違うか)から貰った物だ。護身用に、と渡されたのだが、正直今まで使う気はさらさらなかった。ライバルからの物品ほど信用のないものはない。
「帰ったら御礼、言っとかなくちゃね……」
 呟き、待つ。六時まで、あと二十分。
「まだかなぁ……」
「よっ」
 後ろから、何かが覆い被さった。
「きゃあ!」
 思わず、水晶を背後に振り回す。目を覆いたくなるような音の後振り向くと……
「お、お兄様!?」
「う、う〜〜ん……」
 倒れ行く兄に、咲耶は叫んだ。

「なるほど。千影のなあ」
「ごめんなさい、お兄様……」
 ストラップに吊るされた水晶を眼前で揺りながら言う兄に、咲耶はうつむいて謝った。
 兄の額は少し腫れている。咲耶の振り回した水晶がヒットしたのだ。
「いやまあ、いいなり抱きついた俺も悪いしなあ、お互い様かな」
「だって、いつものお兄様だったら、いきなり抱きついたりしないし……」
「いつも咲耶がやってるよーなことを、やってやろうかな、とか思ったのが裏目に出たわけだ」
「嬉しかったけど、びっくりしたわ」
 胸のあたりを抑える。心臓がいつもの数十倍の速さで脈打っていた。勿論、驚いたせいではない。
(冬でよかったわ……もう、お兄様ったら……)
「ん、どした?」
「な、なんでもないわよ」
 頬に当てていた両手を離して、前を行く兄の横に並ぶ。
「ねえ、お兄様?」
「ん?」
「さっき、私がいつもやってることをやろうとした、って言っていたわよね?」
「いや、だからな、それは単なる悪ふざけで……」
「違うわよ」
 言って、兄の前に立つ。困惑した顔の兄に、咲耶は告げた。
「じゃあ、キスしてくれない?」
「いいっ?」
「いいじゃない。私だっていつもしてあげてるじゃない?」
「それはな……」
「お兄様、お願い……」
 見つめる。本気で困惑している……
「あのな……」
「冗談よ」
「は?」
「さ、行きましょう、お兄様。お母様たちが待ってるわよ」
「あ、ああ……」

「ただいま〜」
 玄関をくぐる。リビングから花穂の声がした。そして鈍い音も。
「あ、また転んだわね」
「咲耶」
「なに? お兄様」
 振り向く。寸前に兄の顔が見えて――
「え?」
 額を抑える。兄は顔を見せないようにして「早く行くぞ」と言った。
 しかし、咲耶はその場にしばらく立ち尽くしていた。
 額に残った、暖かく柔らかい感触を、少しでも感じていようと。
"Surprise Attack"closed.

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