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銀の十字架
今日は私の何度目かの誕生日だ。生を重ね、死に近づき、そして祝う日。人生とは何かと思案する間も無く、誰かの笑顔が脳裏をよぎる日。 朝はどうということもなく訪れた。目を覚ますと外から小鳥のさえずりが聞こえる。 両親はいない。2人とも急な出張で海外だ。その代わりに、午後にはデパートからは2人からのプレゼントが、高級レストランから料理が、ケーキ屋からは特大のケーキが来るらしい。そして――これが1番の楽しみなんだが――私の兄くんが、夜に来てくれる。 兄くんと私は事情があって離れて暮らしているが、2月に1度だけこの家に来てくれる。 今日はその日ではないのだけど、せっかくの誕生日に1人にするのは忍びないと、両親が許可してくれた。兄くんも、予定(学生なのか社会人なのかはまだ聞いていない)があるから、夜にしか来れないみたいなんだ。 楽しみにしているよ、兄くん。 まずは朝のメールチェック。 私は海外との交流もある――欧州魔法使い協会や、国際魔王契約評議会に属しているからだ。 新着メールは2件。協会の一員ロバート・クルセロと、兄くんからだった。 兄くんからは、遅れるけれど必ず行く、という簡潔なもの。 ロバートからは、 『やあ、チカゲ。今日は君の誕生日だったね。おめでとう。 同盟の組織柄、プレゼントを贈ることは出来ないが、心から祝福させてもらうよ。 先日のメールに、ある人が来ると書いてあったね。 その文面から、君の嬉しそうなオーラが感じられたよ。よっぽど、大事な人間なんだね。 それじゃあ、短いけど、ここで終わるよ。この間注文した森の人の牙が届くんだ。そうしたら、儀式で徹夜になるからね。 Happy Bithday Dear My Friend.』 ……ふふっ、さすがロバートだね。勘がいいよ。 3月から学校は半日で終わる。今日も何事もなく学校は終わった。 そして、帰りのバスの中で、 「千影さん、今から遊びに行かない?」 クラスメートの匂坂さんが、座っている私に声をかけた。 「……うれしいが……今日は少し、用事があるんだ」 私は、窓際の席に座る彼女に言った。彼女は不満そうに、 「えー? せっかく千影の誕生日のために、カラオケのタダ券ゲットしたのに〜」 「な〜に、言ってんの。どうせ牧野君経由のでしょ?」 前の席の田村さんが振り返って言った。 仲のいい数人の友達や、名前も知らない男子から大なり小なりプレゼントを貰ったので、帰りは少し大変だったけどね…… 家に帰ってから宿題を終えると、少し飾りつけをした。テーブルには真っ白いテーブルクロスをかけて、コンポに少し明るめの曲が入ったCDをセットしておく。 そうこうしていると、予約していた料理やケーキ、そして両親からのプレゼントが入っていた。向こうで見つけた魔術書と、水晶がついたピアス。「大人になったらつけなさい」と、ピアスにメッセージが添えてあった。 これをつけた自分を想像してみる――少し大人っぽいナイトドレスを着た自分。その耳には星屑のような水晶が輝いている。 ……兄くんは、綺麗だと思ってくれるだろうか。似合うといってくれるだろうか…… ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン…… はっと我に返る。もう6時。いつのまにか夢想していたみたいだ。それにしても……兄くんの来る時間じゃないかな? 外はもう闇夜だった。月明かりはあるけれど、歩くには不便な光。 しばらく待っていたが、誰かが来る気配はない。もしかして兄くん……病気で倒れてしまった? いや、そんなことはない。この間会ったときは健康体だった。 じゃあ、事故に……!? 落ち着かない。心臓の鼓動はついぞ感じたこともないぐらいに激しかった。これが焦燥というものなのかな…… ピンポーン! 兄くん! 私はいても立ってもいられなくなって、玄関に駆け出した。プレゼントと一緒に入っていたパーティドレスをはためかせて、廊下を走り抜ける…… ドアをそうっと開ける。そこには…… 「兄……くん」 「やあ、千影。誕生日おめでとう……」 ドアの縁にもたれている兄くんは血だらけだった。ジャケットは薄汚れて、私はその汚れが血に見えた。実際、兄くんの口の端には赤いものがついている…… 「どう……したんだい? そんなに汚れて……」 震える声でそれだけ言うと、兄くんはにかっと笑って、 「ほら、これ」 甲に深い傷がついた右手に持ったビニール袋を兄くんが掲げる。 「それ……」 「前、言ってただろ? 欲しい薬草があるって。取ってきたんだ」 「でも……これは急な山の斜面にあったんじゃ……」 「ああ。だからこんなに汚れたんだ……千影? どうした?」 私はうつむいていた。兄くんの顔が見れなかった。私の顔も見られたくなかった。 「兄くん。はやく、治療しないと……」 「お、そんなに引っ張るなよ……」 強引に兄くんの手をひいて、私は廊下を歩き出した。 頬を伝う、悲しみではなく、まったく別の何かを意味する涙を見られないよう、前だけを向いて。 「いてててて……もうちょっと優しくやってくれよ」 「自業自得…………だよ」 消毒液が染みるのか顔をしかめる兄くんに、私は言った。 あのあと、兄くんについていた汚れの大半が泥だって分かったり、兄くんの服を洗おうと、初めて使う洗濯機に四苦八苦したり(兄くんが手伝ってくれたりもした)、兄くんの怪我はそんなにたいしたことはないと分かってほっとしたりした。そして今は、冷めていく高級料理を放って、兄くんの治療にいそしんでいる。 「それにしても……無茶をするね、兄くんは」 「たいしたことじゃないさ。千影だって、せっかくのドレスが皺になるのを無視して、いろいろやってくれてるじゃないか」 「…………どうして、この薬草を取ってきたんだい?」 「ああ。あそこに薬草があるけど危険だから取りにいけないって言ったときの千影、凄く悔しそうな顔してたから」 「………そうだったかい?」 「そうだった。だから取りにいったんだけど……ホント言えば、薬草はついでなんだ」 「………ついで?」 訊くと、兄くんは背負っていたデイバッグから、綺麗に包装された長細い箱を取り出して、私に差し出してきた。 「ハッピーバースデイ千影。これが本命のプレゼント」 受け取る。箱の大きさからは軽く感じるが、何か重量のあるものが入っているように感じる。 「開けて……いいかい?」 「もちろん」 うなずく兄くんの顔から、プレゼントに視線を移す。 胸中で苦笑する。まるで……本物のカップルの会話のようだ。 包装紙をそうっと開き、中の箱を開けると、 「これ……は……」 「いいだろ。正真正銘、銀製の十字架。こういうの好きそうだと思ったんだけど……気に入らないか?」 もちろん私は気に入った。少し早すぎないかと思うぐらいに、首を横に振った。 「……ありがとう」 「よかった。十字架の裏、見てみろよ」 言われるままに見ると、そこには、 <My Dear Sister……2001.3.6> と彫ってあった。 「店で買ったときに、何か文字を彫りますか? って言われてさ。サンプルの中から選んだんだけど……どうかな?」 「…………」 「千影?」 「……最高だよ」 私は小声で言った。案の定、兄くんには聞こえなかったらしい。 「え? なんだって?」 二度は言わなかった。代わりに私はこう言った。 「……兄くん」 「ん?」 「……今度来るときには……ちゃんと……五体満足で来てくれない……かい?」 「え?」 「……生贄は……健康体であることが、望ましいからね……」 と。 兄くん。私は兄くんの妹で……本当によかったよ…… "Star-crossed star"closed.
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