パンツァー・メイデン
「ねえ、あにぃ、やめとこうよ……」
「なにを言う。ここぞのチャンスを逃していては、勝ち組にはなれないぞ」
 二人の影が、赤い絨毯の上を亀のごとく進む。
 その背後には、巨大な何かがのしかかりつつあった。

「まもまも、ちょっとこっち来い」
 亞里亞の誕生パーティーの準備のとき、衛は兄に呼ばれ、宴会場を出た。
 十一月二日。お偉方のおかげで休日となった土曜に誕生日が当たるとは、妹も幸運だと思う。まあ、海外から来ては、そのありがたみがわかっていないような気もするが、自分としては妹が年を重ねるのは嬉しいし、休日にご馳走が食べられるのだから、文句もない。
「何? あにぃ」
 何故か宴会場の扉の”影”から手招きする兄に呼び掛ける。兄は確か、亞里亞の傍に居たはずでは?
「いいからこっち来い」
 言われたままに、廊下に出る。亞里亞の豪邸は、廊下といっても衛の個室ぐらいに広い。
 廊下に出た衛を確認した兄は、そっと扉を占めて、辺りをうかがうように視線をめぐらせる。
「ねえ、どうしたの――」
「しっ!」
 口に手を当てて塞ぐ兄に、衛は目を丸くした。
「……誰もいないな」

「ええっ?」
「声がでかい!」
「ご、ごめん……」
 宴会場から離れたところで、衛は兄に謝った。
 しかし、衛が声を出したのも、無理はない。兄は、亞里亞の世話役であるメイド、通称『じいや』の正体を探るというのだ。
「ほ、本気なの?」
「ああ。今日はまたとない絶好のチャンスだからな。これでじいやの謎が明るみに出れば、全国2万人のじいやファンも喜ぶだろう」
「2万人って、シスプリファンクラブ会員の約3倍だし……それに、やめたほうがいいよ。秘密は秘密のまま、ミステリアスなのが……」
「ミステリアスは千影の特権だろう。いいじゃないか。お前だって気になるだろ?」
「まあ、気にならないって言ったら嘘になるけど……」
 渋々ながら認める。とかく、じいやというのは謎の女性だ。世話されていない兄や衛たち兄妹はおろか、亞里亞や屋敷の使用人たちさえ、その本名・出身地・年齢などを知らない。
 妹の四葉や、姉の鈴凛がその名をかけて調査に名乗り出たこともあったが、得られた情報のほとんどが裏づけのない噂話だけだった。
 曰く、
『アフガンゲリラ出身』
『魔法使いのメイド』
『黒髪の男と一緒に夜の街を徘徊している』
『三十年前に、そっくりの女性を見た』
『ロリコン』
『KGB出身』
『足立区出身』
 などだ。まったく謎である。
「そんな彼女の正体を知れば、きっと未来に貢献できる。これは決して、亞里亞シナリオでじいやさんを選んだら、ちょっとしょんぼりした内容だったので、その復讐というわけではないぞ」
「……………。ところで、何でボクなの?」
「お前、先月誕生日なのに、目立たなかったろ」
「………ありがと」
 複雑な表情で、衛は嘆息した。

「あにぃ!!」
 気配に反応し、衛は絨毯を蹴って兄に抱きついた。
 床を転がる二人の上を、何かが素通りしていく。衛はそれを見た。
「……矢?……槍?」
 今まで兄と一緒にいた空間に、長大な槍があった。それはまず間違いなく、衛の判断がなかったら、兄を串刺しにしていた。
「すまん、衛……さすが立ち入り禁止の『スタッフルーム』……。一筋縄ではいかないな」
「そおおおおんんなこと言ってる場合じゃないよ! 早く帰ろう? ね?」
「いや、ここでやめたら男が廃る。さあ、行くぞ!」
 立ち上がり、踏み出された兄の脚が、ピアノ線に引っかかる。
 ズドドドドドドドドドドオドドドッドオド!
「あにぃ―――――――――――――!!!!」
 悲痛な叫びが、何故かダンジョン然としたスタッフルームに響く。
 彼女の目の前では、グローブがつけられた棍棒によって、ボコボコに殴られた兄の姿があった。
「ま、負けん……」

 ガコン。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………」
「あにぃ〜〜〜! なんで穴を自覚してから落ちるのさ〜〜〜!!」

「どうだ! 間一髪で避けられたぞ!」
「もみ上げが剃られちゃってるよ」
「なにぃ!」

「さあ来い!」
「ドラゴンと一騎打ちは無理だって!」
「稲妻の傷を持つ少年はやってたぞ?」
「何の本を読んだのさ!」

「うわわわわっ! ゾンビが追いかけてくるよ〜〜〜!」
「ええいっ、ここはラクーンシティか!?」

 …………………

「つ、ついに最後か……!?」
「もうパーティー終わっちゃってるかな……?」
 度重なる激闘の末、ほうほうの体で、二人は巨大な鉄扉の前に立ち尽くしていた。周囲には機械仕掛けの猟犬が機能停止して壊れていた。
「なんでスタッフルームにこんなものが……」
「というかここは日本なのか?」
 鉄扉は重く閉ざされているようにも見えたが、隙間からは光が差し込んでいた。
「何があるんだろう……」
 ここまで来ては、衛も好奇心を隠せなかった。
「開けるぞ……」
 兄の手が、鉄扉にかけられる。
 遅く、ゆっくりと進んでいく。光が――
「兄やさま……」
「うわああああああああああ!!!?」
「ひええええええええええええ!!!?」
 かけた手を上げ、兄と共に衛は悲鳴を上げた。振り返ったその先には――
 じいやがいた。
「じ、じいやさん……」
「兄やさま、衛さま、ここで何をしてらっしゃるのですか?」
 にっこりと微笑むじいやに、背筋が凍えた。
「あーのいやえうのまさんすとりきや……」
「ここは危のうございます。亞里亞さまもお待ちですから、さ、お戻りくださいませ」
「おぽぽぽぽ……」
「さあ」
「………はい」

「……じいやさん」
「はい、何でしょう、衛さま」
「あの部屋って……何があるんですか?」
「秘密です」
"Curiostiny kill the cat."closed.

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