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魔人の意地
みなさん、こんにちは。雛子の兄です。 暑い日が続きますね。実は今、僕はサファリパークに来ています。 そーです。キャラコレに出てきた、あのサファリパークです。知らない人はおにいたま失格です。 ともあれ、なぜ僕がここに来ているのかというと…… 僕の、あの一言がいけなかったんです。 「雛子、もうすぐ誕生日だな」 僕はさわやかに言いました。兄たるもの、妹には爽やかでないといけないのです。息を荒くして、血走った目で見つめるなど言語道断です。そんな、「生息地:オタクショップ。夏冬の数日間は、海沿いに大量分布」なんていう生物になってはいけないのです。 「うん、そうだよ♪」 かわいい声で、かわいい顔を笑顔にして、答える雛子。うむ。兄にとって、この笑顔こそが至福。 「雛子は、誕生日に何がほしい?」 「え? んっとね、んっとね…」 一生懸命考える雛子。身悶えしそうなシチュエーションです。 「ヒナね、ライオンさんが欲しい!」 頷いてしまっても、それは罪ではないでしょう? はっきり言って、僕はサファリパークが余り好きではありません。 というのも、虫が嫌いです。学校に通うとき、油断して羽虫の群れに顔を突っ込んでしまったときなど、三日は寝込んだものです(やや誇張)。 しかしそこは雛子のため。我慢せざるを得ません。 いえ。雛子のための試練なら、喜んで受けましょう。 こんなアオダイショウもぜんぜん怖くありません。 「……………やっぱり怖い」 一般人として当然の処置を敢行することにしました。 夜の庭園に銃声が響きます。 ナイトアワーも終わりを告げ、あたりは闇の静寂に横たわっています。 僕は妹からもらった(失敬した)暗視ゴーグルをつけ、野戦服に身を固め、腰にはスタンロッドとベレッタM92F(さっきの銃声が大きかったので、サイレンサーをつけました)、そして背中にはその他の道具を詰め込んだザックを背負っています。 この装備は、いつ如何なる人物たちから譲られたのか。 ここから生きて帰れたら、話します。 地図とコンパスを見て位置を確認し――愕然とします。 「チーターのエリア……」 急に、鳥の声さえしなくなる(緊張により、口調変換起動)。 ホルスターから拳銃を抜き、周囲をゆっくりと見回す。 かさ。 「!?」 銃口を向ける。視線の変換は遅れ、銃口に倣った時には、すでにカーキ色の獣が樹上から踊り出ていた。 「ちっ」 前転。三女から受け継がれた受身は、まあうまくいったといってもよい。 先刻まで自分がいた場所に拳銃を向け、連射。 気の抜けるような音とともに、巨躯から断末魔じみた悲鳴が漏れる。 間をおかず、背後に気配。単一ではない。 「うりゃ!」 左手でスタンロッドを抜刀し、横なぎに振るう。 「ギャン!」「ギャ!」 意味のある言葉でなく、声帯の震えが齎した呼気に、夜が震えた。中空に稲妻を帯びた獣が現れ、脱力したまま落下する。 数歩下がり、体当たりをやり過ごす。 「終わりか?」 先遣がやられたことで、警戒したのかもしれない。草むらの奥からは、名残惜しそうな唸り声が聞こえたが、近づく気配はなかった。 三頭のチーターに背を向け、彼は歩き出した。 完。 終わりません。 まったく、某猫型ロボットの劇場版第六作じゃないんだから… 警備員の巡回を避けて道路を避けたのはよかったのですが、やはり装備は無駄になりませんでした。 あ、ちなみに拳銃の弾はゴムスタン弾なので、死んでませんよ。 というわけで、所変わって、やっとライオンのエリアです。 飼いならされているとはいえ、百獣の王相手では不安もありますね。 「何物だ?」 背筋を、恫喝に似た声が撫でる(また口調変換)。 「警備員…飼育員でもないな? 泥棒か?」 人間の言葉。声ではない。鼓膜が震えていない。別の音が揺らしている。 緩慢に振り向く。木々の奥から、黄金の鬣を持った、獣の帝王が姿を現した。 「今の声は……お前か?」 問いが、単純な詰問が喉から漏れる。 獅子は首肯した。 「聞こえるか。人間には、私の唸り声しか耳にできないものだが、貴様は違うようだな」 「テレパシー……か」 「何だ、それは? 私の、空気を介さぬ意思の疎通を、そのように呼ぶのか?」 頷く。 「これ聞いたら、雛子が喜ぶな……」 「ヒナコ? 伴侶か?」 「だったら、どんなに幸福なことか……」 知らずのうちに、涙があふれた。 「何故泣く?」 「宿命は、何よりも辛い……」 涙をふき取り、銃を構える。獅子が渋面を作る。 「貴様の用は何だ?」 「あんたたちライオンの子供が欲しい。一匹な」 「何故だ?」 「妹が欲しがってる」 獅子が笑う。 「つまらぬ理由だな」 「とはいえ、俺の人生において、何よりも優先すべき望みだ」 撃鉄を起こす。 「大事に育てると約束する。大きくなったら――それでなくとも、雛子があきらめたら、返してやる。しばらく預けてくれないか?」 「断る。貴様は我が子を、我らの群れに預けるか?」 「獣と違って、機知はある。大体、あんたらは飼われてるも同然じゃないか」 「だが、家族ぐるみだ。たった独りで子を旅に出させるものか」 「……悪いが、俺はあんたたちを皆殺しにしてでも、子を連れて行く」 空間が軋みをあげた。人と獅子の間で。 「断る。子を捨てて得られる安寧など、私は要らない。皆もそう言う」 「交渉、決裂だな」 その瞬間に、武闘は始まった。 夜が明ける。朝焼けの中、二つの影が、草原に立ち尽くしていた。 「貴様……人間か?」 獅子が声を絞る。 「ああ……正真正銘、な」 人がうめく。 彼らの周囲には、十数頭の獅子が倒れていた。どれもこれも、群れで高位に属する、戦士たちだった。 しかし、王を除いた総てが、倒された。 たった一人の人間に。 「次で、決着をつけよう……」 王が、告げる。 「ああ……時間も、ないしな……」 兄が頷く。 ギンっと。緊張が張り詰めた。 戦士たちが、眼を見開く。最強の戦いを見届けようと。 彼らの前で、二つの最強は跳躍し――決着はついた。 鈴凛と衛は、リビングでテレビを見ていた。 雛子の誕生日パーティ(昼の部)は終わり、夜の部の用意は彼女らの役目でないからだ。 テレビ画面では、夕方のニュースが流れている。 『――以上、広島の原爆ドーム前からお送りしました。次のニュースです――』 「アニキ、どうしたのかな……」 「うん……」 呆けたように呟く二人の目が開かれた。 『――今朝、市内のサファリパークのライオンのエリアで、一人の少年が発見されました。少年は全身傷だらけで、周囲にはパークで飼育されているライオン十六頭が、同様に怪我をして倒れていました。少年はうわごとのように「ヒナコ……ヒナコ……」と呟いており、警察では少年が麻薬か何かを投与され、サファリパークに置き去りにされたものと見ています。そして、身元の確認を急ぐとともに、少年が所持していた銃器の出所についても調査を――』 "Mission Possible"closed.
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