咲耶のクリスマス・イヴ×5の大攻防戦
(尾けられてる?)
 胸中で咲耶は呟いた。
 気配は二つ。ただ存在だけを示しており、男女の違いさえもわからない。
(まったく、これからお兄様と甘いひと時を、お邪魔虫なしで過ごそうとしているって言うのに)
 一年に一度の誕生日。その日だけは、兄を独り占めしてもよいという暗黙の不文律が、彼女たち姉妹の中にあった。
 彼女にとっては、今日がその日だ。破られることのない、約束の時間。
 それを、邪魔する?
「ちっ」
 駆け出す。撃退も可能だが、撒いたほうがいい。今日の待ち合わせ場所は、兄と姉妹しか知らない。どこに行くかを前もって提示するのは、条約の一つでもある。無論、自然な会話の中で、さりげなく『どこそこへ行く』と全員の前で言うだけだが。そして、それが虚偽であったことは幾度もある。
 今日のデートも、そうである。待ち合わせ場所は提示したものと同一だが、行き先は違う。
 ともあれ、相手が姉妹以外なら、撒いてしまえば自分の行き先は知らないはずだ。
 そう、姉妹以外なら。
「!?」
 ヒョオっと風が吹き、眼前、数メートル先の空間に塵芥が吹き荒れる。それは徐々に形を成した。人へと。
「駄目だよ……姉くん」
「千影…」
 黒衣の少女が、薄い笑みを唇に貼り付けて、立っていた。
(街中で転移する? 普通)
 見られてしまうことなど、彼女にはどうでもいいのかもしれないが、思わずにはいられない。何にせよ、彼女の真意を測れるものなど、兄も含めて、存在しない。
「兄くんと……どこへ行くつもり……なんだい?」
「昨日言ったでしょ? ディアラバーズよ」
「虚偽は……感心しないな」
「存在自体が霞みたいな、貴女に言われたくないわね」
 腰を探る。今日は武装よりも装飾を気にして、武器をあまり持っていない。持ってきただけでも、自分に感心する。
 ジャキンっ、と伸縮式の警棒が伸びる。
「通してくれないと、条約違反で姉妹会議にかけるわよ?」
「虚偽も……違反だが……?」
「治外法権って知ってる?」
「それは、お姉ちゃまにはないよ」
「もちろんですわ」
 振り返らずとも、背後の声の主はわかりきっている。花穂。春歌。
「………」
 くっ、と笑った気がした。
「……姉くんが何を言おうと、私の役目は果たすよ」
「私を止める? 無理よ。恋する乙女は何より強いの」
「それについては……私も同じだ。……そして、そんなものでは、私に勝てない」
 わかっている。警棒は意思を示すだけのものだ。魔術師と、偶然の強者、武道の達人を前に、こんなものが役に立つわけがない。
 だから咲耶は、懐から、それを引き抜いた。
 カードの束を。
「ほう……」
「お姉ちゃま、本気なの?」
「引き返せませんわよ?」
「本気よ」
 すると、千影も同じものを懐から抜いた。花穂も春歌も、そうだろう。
 咲耶は半身を引いて、三人共を視界に入れた。やはり、花穂も春歌もカードの束を持っている。
 そして、四人の腰に、異様なバックルを持つ、ベルトも装着されていた。
「行くわよ」
「掛け声などいらない」
「うん」
「勝負なのですから」
 戦いの覇権を、賭けて。
 四人は叫んだ。
『変身!!』


「うしっと」
 靴紐を締めて、兄は立ち上がった。
 月に一度の割合で訪れる、妹の誕生日。
 前回の亞里亞からは一ヶ月以上の期間があったが、それでも足りないぐらいかもしれないのだ。今日の妹は。
「さ、行くか」
 玄関のドアに手をかけると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「ん? はーい」
 そのまま扉を開けて、客人を迎える。
「やっほ、あにぃ!」
「お、衛か。どした?」
「えっへへー」
 ショートカットがよく似合う妹は、後ろ手に持っていたものを差し出した。
「エア・トレック?」
「うん。実は昨日の夜、公園を走ってたら調子が悪くなっちゃってさ。それであにぃに見てもらおうと思って」
「だったら鈴凛に見てもらえばいいじゃないか。俺より専門家だろ」
「あねぇ忙しいんだって。あにぃもエア・トレック持ってるし、あねぇにつきあっててメカにも詳しいでしょ?」
「う〜ん」
 これから出かける予定だったのだが。
「ま、いいか。ちと待っててくれ。つーか上がれ。寒いだろ。リビングに新聞紙広げておいてくれよ。俺、工具持ってくるから」
「うん!」
 笑みで答える衛は、ポケットに忍ばせた携帯電話のボタンを一つ、こっそり押した。


「ふふ、まずは第一段階成功ね」
 彼女は喫茶店の中、携帯電話を手に呟いた。
 その画面には、今しがた送られてきたメールの内容が表示されている。
『出立前の引止め成功。プリティーへ、成功の祈願を』
 差出人はガード。
 素晴らしい。この幸先のよさは何だというのだろう?
 シェイドとシンガー、フラワーも、目標への接触を遂げ、交戦状態に入った。
 三人の獣にかなう者は、そうはいない。当代随一の召喚者。
 そして…
「ん……」
 メールの着信を知らせる振動が、彼女の手に伝わった。
 見て、驚愕する。クローバーからの伝言。
『シェイドとフラワー、シンガー、突破さる。気をつけよ、プリティー』


「ふんっ……」
 鼻腔から息を吹いて、咲耶は駆け出した。
 まさかこんな事態になるとは。自分の計画がばれたのか?
 だがしかし、千影と春歌、花穂が来たのなら、まず主戦力は消えたといっても過言ではない。
 ただ一人、を除いては。
「はあ……はあ……」
 街中とはいえ、まだ人通りの少ない場所だ。駅前まで行かなければならない。
 二人のように無茶を仕掛けてくるなら、人は少ないほうがいい。
「はっ!!」
 殺気に気づいて、飛びのく。
 走り続けていたら、間違いなく踏み込んでいた領域が、はじけ飛んだ。
 アスファルトが飛び散り、こちらに迫ってくる。
「はあっ!!!」
 氣の開放。アスファルトが蒸発した。
 爆心には、やはり二人の少女が。
「アネキ、通さないよ」
「姉チャマ、覚悟するデス」
 鈴凛と四葉。この二人で来るのなら……
 たんっ、と咲耶は上体を逸らした。
 胸を、肩を、額を、弾丸が掠めた。
 四葉と、鈴凛の、各々の右手に、硝煙を吐き出す拳銃が握られていた。
「本気、みたいね」
 ザックから拳銃を取り出し、咲耶も二丁拳銃で、身構えた。
 銃撃戦。
 考えるな。感じるんだ。


「ありがと、あにぃ!」
「パーティーには遅れるなよー」
 直ったエア・トレックで走っていく衛に、兄は手を振ってから時計を見た。
「げ、ヤバいかも」
 咲耶は時間にはうるさいのだ。少なくとも記憶では。
 まあ、すぐに許してくれるのも常だが、それに甘えていてはいけない。
「ほんじゃま、行きますか」
 ジリリリリリリ…
「……」
 無言で、玄関脇の子機を取る。
「もしもし?」
『にいさま! 大変ですの!』
「白雪か。どした?」
『姫、姫、失敗してしまったんですの!!』
「何を」
『ケーキですの! 今日のケーキ、失敗してしまったんですの!』
「…そりゃ大変だ。俺は何をすればいい?」
『作り直すので、手伝いに来てほしいんですの!!』
「え。そりゃ無…」
『お願いですのぉ!!』
「………はい」
 うなずく自分に問いかける。
 どうして俺は妹に弱いんだ?


『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』
 クローバー、ベルリン。共に撃墜。
 見誤っていた? いや、計画通りだ。
 連続の戦いは、目標を確実に消耗させている。
 次は、
「ビーストマスター、出番よ」


「次は鞠絵?」
「すみません、姉上様。これもすべて、兄上様のためなんです」
 いつも以上に獰猛な雰囲気の漂うミカエルを連れて、近代史上十指に入るメガネっ娘が、咲耶の前に立ちはだかる。
「ここまできて、戦うのはよしましょう、とか言っても聞かないんでしょう?」
「ええ、ごめんなさい」
「構わないわよ、ビーストマスター」
 辺りを見回す。電線という電線に鴉が、地面という地面に鼠が。
 ならばこっちも、本気を出さねば。
「今こそ、汝が右手に……その呪われし命運尽き果てるまで……高き銀河より下りたもう蛇遣い座を宿す者なり……」
 右手に力が収束する。
「されば、我は求め訴えたり……喰らえ、その毒蛇の牙を以って……」
 筋肉がきしむ。暴れ狂う、毒蛇。
蛇咬スネーク・バイト!!!」


「ビーストマスター、撃破……やるわね、お姉ちゃん」
「やっぱり最後は、あなただったわね、可憐」
 待ち合わせ場所の、ベティーズ前、からくり時計の広場。
 そこに、二人の少女は対峙していた。
「何故、邪魔をするの? 千影や春歌、花穂、四葉、鈴凛、鞠絵まで使って」
「それだけじゃないわよ」
 ひゅんっと、可憐が投げてよこした携帯電話を、咲耶は受け止めた。
 画面は呼び出し中と表示されている。その相手は、『お兄ちゃん』。
『もしもし』
「お兄様?」
『あれ? これ可憐の携帯じゃ?』
「ちょっとね。それよりお兄様、どうしたの? 時間はもう」
『あー、すまん。雛子と亞里亞に会っちゃって、今Green Christmasだ。すぐ行くから、ちょっと待っててくれ!』
「そんな…!」
『マジですまん! あー、亞里亞! こぼすこぼす、気をつけて!』
 ぷつっ。つーつーつー。
 ピッ。
「そういうこと……」
「そういうことよ」
「何故?」
「なかなか会えない男女は、ぎりぎりで約束を果たしたときに、強く結ばれる。それを狙ったと解釈はしてくれないかな?」
「嘘は良くないわよ。お兄様に嫌われるわ」
「……!」
 痛恨の一撃、といったところか。
「でも、最後の最後で、あなたたちの計画も終わり。お兄様は来るわ。絶対に」
「……予約してあったホテルは、キャンセルしておいたわ」
「………!!」
「油断ならないのも、うそつきなのも、お互い様ね、お姉ちゃん」
 可憐が、ゆらりと体勢を変える。見た目には、普通に立っているようにしか見えない。
 だが、それで彼女は、幾人もの敵を葬ってきた。
 究極の、ネイティブ・シスター<アンチェイン可憐>。
「今日が終わるまで、あと数時間。それまで、お姉ちゃんには眠っていてもらうわ」
「眠るのはあなたよ」
 ビキビキと、腕の筋肉が鳴る。先ほどの、獣使いのときとは比較にならない。
「長女、<双拳ダブル・インパクト>咲耶。推参おしてまいる


「お兄様、遅ーい!!」
「すまんすまん! マジですまん!」
「せっかくの私の誕生日なのに、遅れるなんて、最低よっ」
「だからすまんって――あれ? 咲耶、お前、なんで上着の袖が破れてるんだ?」
 言われ、咲耶は思わず腕をさすった。
「あー、ちょっとね」
「…? ま、そのままじゃ寒いだろ。これ着ろ」
 そういって兄は、コートを脱いで、咲耶の方にかぶせた。
「お兄様……」
「せっかくの誕生日に、風邪なんか引くなよ。そだ、これから服買いに行くか。俺はいつも、お前たちのためにバイト――うわっ」
 言い終わらないうちに、咲耶は兄の胸に飛び込んでいた。
「お兄様、ありがとう……でも、今日は、他の娘のことは言わないで……」
「は?」
「お願い……」
「……わかったよ」

「これが、狙いだったのでしょう? 可憐さま」
「ええ」
 じいやが運転するリムジンの中で、可憐はうなずいた。
「あなたたち姉妹は、他人の私から見ると、不器用に見えてなりません。ご自分では、どう思われます?」
「そうですね……不器用、ですね」
 頷いた。
 服はぼろぼろだった。体は、気絶する程度だ。
 しかし、負けた。
 姉は、数に勝る敵を打ち倒し続け、勝ったのだ。
 そして、最後にこう言った。
『決着は、聖夜によ』
 そうだ。誕生日に決着など、負けるに決まっている。
 すべてが等しくある日。聖夜。
 その日に、世界は祝福に満ちる。
 自分への。
「行きましょう、じいやさん」
「はい」
 進むリムジン。
 窓の外では、ブティックではしゃぐ姉と、それに困惑気味の兄が、とても楽しそうに、笑っていた。
"All's fair in love and war."closed.

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