この空の下、愛しい人と共に
「おっはよ〜デス!」
 明るく聞こえる声で四葉が言うと、クラスの半分が、即ち女子生徒が振り返った。
「おはよ、ヨツバン∨」
「あっさからテンション高いねぇ、しかも当社比二倍くらい」
 四葉はニヤリとした。
「当然なのデス! 何しろ今日は……」
「誕生日ですものね」
 背後から言われ、振り向く。クラスメートの幸子が立っていた。眼鏡を掛けているが、四葉の知り合いのような儚さは無く、むしろ同年代より少し大人っぽい雰囲気のある少女だ。四葉が転入してきた時、既に形成されていた女子グループに率先して彼女を入れてくれたのが、幸子だ。今の四葉の、クラスでの立場は幸子のお陰であると言ってもよい。四葉にとっては、クラス一の親友である。但、週に一度は問題を起こす四葉のお目付け役というのが周囲の解釈だが。
「幸子ちゃんオハヨーデス」
「おはよ。元気なのはいいけど、廊下まで筒抜けだったわよ」
 泥だらけの子供を“仕方ないな”と笑う母親のような顔で嘆息する幸子。
「仕方ないのデス。誕生日デスから」
「まあいいけどね」
 ポンポンと幸子は四葉の頭を叩いた。
「そっか、ヨツバンの誕生日かぁ」
「カラオケでも行く? 今日、半ドンだっしょ」
「バカ、ヨツバンがあゆとか歌える?」
「いや別に日本のにこだわらんでもいいっしょ」
「マークのラップとかやらせてみたら?」
 喧騒の中、幸子は自分の席に戻っていき……四葉は自分の目を疑った。幸子が何故か、思い詰めた顔をしていた。

 放課後、結局いつものメンバーでショッピングとカラオケに行く事になった。ホームルームが終わり席を立つと幸子が言った。
「ねぇ、私ちょっと用事があるから先に行っててくれない?」
「いいデスけど……どうしたデスか?」
「大した事じゃないから。終わったら携帯に掛けるわ」
 そこで声を掛けられた。
「ヨツバン、ユッコ、何してんの行くよ!」
「は、ハイデス」
 何となく幸子が気になったが、四葉は他のメンバーと教室を出た。由香が聞いてくる。
「あれ、ユッコは?」
「何か用事があるって言ってたデス」
「TELはくれるんだよね」
 頷く。
「ならいーや」
 雑談に戻る。話ながら四葉は今朝の幸子の顔を思い出した。用事と、関係があるのだろうか。校門まで来た所で四葉は不意に振り返った。
「あ」
 幸子だ。体育館と校舎の渡り廊下を歩いていた。脳が囁いた。事件だ!気付いたときには走っていた。
「ヨツバン!?」
「どこ行くの?」
「忘れ物デス!」
 叫び、四葉は走った。幸子は体育館裏にいた。見た事のない、不安の混じる顔。
(どうしたデスか……まさか、脅迫を受けて、呼び出されたとか!)
  ほどなくして、一人の男子生徒が歩いてきた。急いで身を隠す。
  そして男子は幸子の前で止まり――幸子は顔を赤くして何事か言おうとして――男子が訝り――幸子がか細い声で何事か言って――男子は驚いた顔をして――男子が何か言い――幸子が肩を落とし、それでも笑顔で男子に何か言って――男子は去っていった。
「幸子ちゃん!」
  男子がいなくなったところで、四葉は茂みから飛び出した。
「よ、四葉、どうして?」
幸子が顔をあげると、その目には涙がたまっていた。
「ど、どうしたデスか!? まさか脅迫を受けてたとか!?」
「あ、えーと」
「もしや! 家族が人質に!」
「あのね」
「分かりマシタ! 暗殺者に命を狙われていて――」
「えい」
 ずびし!
「いった〜いデス! 幸子ちゃん何するデスか!?」
「だって黙りそうにないんだもの」
 チョップを四葉の頭に食らわした体勢のまま、幸子が嘆息する。
「だって、四葉は幸子ちゃんのために!」
「大した事じゃないとも、先に行ってとも言ったのに、約束破ったのね?」
「う……」
  きつい目の幸子に、うめく。しかし幸子は表情を崩し、
「まあいいわ。――ねえ、屋上行かない?」

「あー、風が気持ちいー。珍しく晴れたわね」
「そーデスねーって!違うデス!」
「分かったわよ、全部話すから」
  苦笑を浮かべる幸子は語った。さっきの男子が好きだったこと。告白したこと、そして振られたこと。箇条書きすればこれだけだが、幸子は長く語った。
「ひどいデス!幸子ちゃん美人なのに!」
「容姿じゃなくて、好きな人がいるから、って振られたの」
「そうなんデスか」
「ま、望み薄だったしね」
「ショックじゃないんデスか?」
「……どうして今日告白したか、分かる?」
「?」
「あんたの誕生日だからよ」
「関係あるんデスか?」
「だって、振られてもパーティやれば気もまぎれるでしょ。ずるいけど」
「…………」
「でもなー……」
  フェンスに指をかけ、彼方を見つめる幸子。
「やっぱ辛いなー」
「幸子ちゃん……」
  背中を見つめる。四葉は自然に幸子に抱きついた。
「四葉?」
「幸子ちゃん。泣いてもイイデス」
「…………」
「辛いときに泣かないのは、もっと辛い事だって、兄チャマが言ってマシタ」
  小刻みに、幸子の体が震える。空は、青かった。

  屋上に寝転がって、二人は空を見ていた。
「四葉、そろそろ行った方が良くない?」
「幸子ちゃんは?」
「私はもうちょっと、ここにいる」
「だったら、四葉もここにいるデス」
  首を回し、幸子の方を見る。幸子はいつもの、母親のような顔でこっちを見ていた。
  空に視線を戻し、言う。
「四葉も、似てるかもデス」
「え?」
「兄チャマのことは話したこと、あるデスよね」
「うん」
「もしかしたら……四葉は兄チャマに、Dearestになってほしいかもデス」
「恋人に?」
「四葉は、イギリスにいた頃は友達いなかったデス。ルールがきつくて、いつも起こられてばかり。四葉、悪い子だったみたいデス」
「………」
「兄チャマは、グランパ以外、初めて四葉の事を認めてくれた人デス。兄チャマに会った時――ううん、それよりずっと昔から、四葉は兄チャマに、恋してたデス」
「………」
「変。デスか?」
「ううん。なんか、素敵」
「ありがとうデス。……でも、四葉と兄チャマは兄妹デス。恋人にはなれないデス。こういうのも、ノゾミウスっていうのかな……」
「……そんなこと、ないと思う」
「そうデスか?」
「だって、四葉可愛いし」
「幸子ちゃんだって、容姿で振られたんじゃないって、言ってたデス」
「そうだけど……だったら、いつでも傍にいたいって思わせればいいじゃない?」
「いつでも、傍に?」
「お前がいなくちゃだめなんだー、とかね」
「……そう、デスね」
「うん、そう」
「だったら、幸子ちゃんも諦めちゃダメデスね」
「……そうかもね」
「そうデス!」
  四葉は立ち上がった。
「諦めちゃダメデス! 諦めが人を殺すと、誰かが言ってたデス!」
「……会ったことあるの?」
「本で読みました」
「そうよね」
「何か?」
「べっつにー」
  幸子も立ち上がった。スカートについたほこりを払う。
「じゃ、打開策も見つかったところで、行きましょうか!」
「ハイ!」
"Under the blue,blue sky with My Dearest"closed.

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