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笑顔のかけら
「亞里亞様! 起きてください、亞里亞様!」 うるさいの…… 「亞里亞様!」 亞里亞、もっとねていたいの… 「起きてください!」 じいや、きらい…… 「起きろといってるのがわからんのか」 わからないです…… 「ああもう! 亞里亞様!」 あっちいって… 「起・き・て・く・だ・さ・い!」 亞里亞、おきたくない… 「今日は誕生日なんですよ!!」 ………… 「亞里亞、起きる……」 はあ……まったく。 亞里亞様の寝坊はいつものことですが、だからといっていつまでも続いていてもいいというものでもありません。 特に、今日は誕生日。 ご自分の生まれた日ぐらい、ちゃんとしていてほしいものです。 ええ、すべて私の努力不足でございましょうよ。てやんでいです。 いいでしょう。 今日という日を機に、亞里亞様にはさらに厳しくしつけを行わなければなりません。 それもこれも、亞里亞様が立派なレディとなられるためです。 どんなにわがままを言ったって、度の超えたものは許しません。 兄や様が泣いて頼んできたとしても――そ、それはどうでしょう、か。 兄や様が、泣いて頼んで……うふふふ…… 「あ、あのー」 あ、あら。すっかり考え込んでいたようですね。 「何です?」 「会場の基本セット、終了しました」 「わかりました。食事の並べを始めてください」 「はい」 ふぅ。本当に今日は忙しいですね。 亞里亞様の世話は言うに及ばずですが、誕生日パーティーの会場セッティングや、パーティー直前のお客様のお出迎え。 それに続くパーティーのことを考えると、頭が痛くなりそうです。いえ、本当に痛いのですが。 できれば何事もなく、過ぎてくれればよろしいのですが…… 「こんにちはー」 まったく、これだけ大声張り上げなきゃいけないなんて、どれだけ広い屋敷なんだよ、っていつも思う。 これで、住んでるのは亞里亞とじいやさん、それにコックや何人かの使用人だろ? 金持ちってのはどうして、無駄に大きなものが好きなのかね。 「兄や様、いらっしゃいませ」 「あ、じいやさん。こんにちは」 っと、ここに住んでる人間は、亞里亞も含めてそういう金持ちじゃないもんな。顔に出さないようにしないと。 「あの、亞里亞は?」 「お部屋にいらっしゃると思いますよ。今、ご案内します」 「いいですよ。場所はわかってますし、じいやさん、今日は忙しいんでしょ?」 「……そう言っていただけると、助かります。それでは、私はパーティーの準備がありますので、これで……」 「兄や……?」 『え?』 僕とじいやさんの声が重なる。廊下の影から、ひょこっと亞里亞が顔を出した。 「兄やぉ……」 とてとてと歩み寄り、抱きついてくる亞里亞の頭を撫でる。 「こんにちは、亞里亞。誕生日おめでとう」 「ありがとうなの、兄や」 微笑む亞里亞の顔から視線を離して、僕はじいやさんに頷いてみせた。 「それじゃ、またあとで」 「はい。時間になりましたら、兄や様にも着替えていただきますので」 やっぱりか。 と、廊下の向こうからやや太目のメイドが走ってきた。 「じ、じいやさま、大変です!」 「何ですか? 兄や様と亞里亞様の前ですよ」 「も、申し訳ありません。しかし……」 「何があったんです?」 「それが、パーティー用の巨大ケーキが、突然作れなくなったと…」 ……何だって? 「ど、どういうことです?」 「パテシエが倒れてしまったんです。途中まで作ったそうなんですが…。他のスタッフは他の料理に手一杯で、ケーキに回す余裕はないと……」 「そんな……となると、今日のパーティーで出すケーキは、先に作っておいたミニケーキしかない、ということですね」 「残念ながら……」 ケーキがない……誕生日ケーキがないってことか。 亞里亞を見ると、亞里亞は突然の会話についていけていないように、目をぱちくりさせていた。 僕は無言で財布を取り出した。7千円。ブラスターを買うための資金だけど…… 「じいやさん」 「兄や様? なんです?」 「僕に任せてください。何とかします」 じいやさんは目を見開いた。そりゃそうだろう。この言い方じゃ、パーティーの客に振舞う巨大なケーキを、何とかすると言っている様に思える。 「違います。さすがにパーティーで出すケーキは無理だけど、亞里亞に上げる分ぐらいは買ってこれます。まだ三時ぐらいだから」 「兄や様……」 「亞里亞」 妹に向き直り、その肩に手を置く。 「兄や……?」 「ちょっと出かけてくる。でも、すぐに帰ってくるからね」 そう言い残して、僕は屋敷を飛び出した。 「亞里亞様、せっかくのパーティーなんですから、笑ってください」 ふるふる、と首をふる亞里亞様に、私は溜め息をつきました。 もう会場にはお客様が集まり、あとは亞里亞様の登場を待つばかりだというのに…… 「仕方ありません。とにかく、行きましょう」 主賓が出ないより、暗い顔の主賓が出るほうがマシでしょう。 会場のホールに入ると、大勢のお客様が亞里亞様を拍手で出迎えてくださりました。 挨拶のためのマイクの前すら立とうとしない亞里亞様を、軽い風邪をひいていて声が出ない、と我ながら苦しい言い訳で乗り越えて、歩こうとしない亞里亞様を無理矢理引っ張って、私はホールを歩き回りました。 「亞里亞ちゃんの体は大丈夫かね」 「はい。季節の変わり目で、少し体調を崩されただけですので、ご心配なさることはありません、火神様」 「白鐘院長も来ているそうだから、少し見てもらうといいだろう。彼は私の主治医でもあるしね」 「ありがとうございます」 市警察署長に一礼して再び歩き出すと、背の低い老人が前に現れました。 「あ、月館様」 頭を下げると、月館老人は亞里亞様の顔を見て、 「――こりゃ体の病気じゃないのぅ」 「え?」 「薬がわかっておるなら、早めに与えてやりんされ」 そう言い残して、老人は人ごみの間に消えていきました。 「亞里亞様、もうお休みになられますか?」 亞里亞様の気分が優れないので、と会場を退場してから、私は亞里亞様に尋ねました。 しかし亞里亞様は、ふるふると首を横に振り、 「兄やに会いたい……」 とつぶやかれました。 (兄や様……本当に、どうされたのでしょうか……) この屋敷は確かに市街地から離れていますが、こんな時間になるまではかからないはずです。 電話で注文すればいい、とあの時言うべきだったのに、そのことに気付いたのが兄や様が出て二十分してからだったのがいけなかったのでしょう。 亞里亞様にとって、今日は最悪の誕生日になってしまいましたね…… 「亞里亞!!」 (え――?) 振り向いたときに、私は確かに聞きました。 今日の昼以来、全く聞かなかった、この明るい声を。 「兄や……っ」 「いやぁ、ちゃんとケーキ屋まで行ったはいいんですけどね? 慌てて店を出たもんだから、転んじゃって。ケーキは勿論パーでしたよ。もう大慌てで。新しいやつ下さい!って言っても、予約分でつまってて、新しいのを焼くと時間が掛かるっていうもんですから。だったら一番近い、他の店を教えて下さい、って言ったんですよ。多分始めてじゃないかな、ケーキ屋で、他のケーキ屋の場所を教えろって聞いたの。前代未聞ってやつですかね? あと、金がもうなかったもんだから、要や沙真に電話して借りて……あーあ、ブラスターがさぁ。まあいいんですけど」 ぺちゃくちゃと喋りながら、兄や様が取り出したケーキは、今日のパーティーを飾るはずだったものの十分の一すらない、普通にケーキ屋の店先に置いてあるような、そんなケーキでした。 使用人に頼んで持ってきてもらったナイフを使って私が切り分けると、兄や様は横によけたチョコプレートを取って取り皿に乗せ、亞里亞様に手渡しました。 「ほら、亞里亞」 「わぁ……」 もっと豪華で高価な(洒落じゃありませんよ)ものを食べているのに、亞里亞様は満面の笑みでそれを受け取られました。 あんなに私が頼んでも―― あんなにたくさんの料理があっても―― あんなに大勢の人たちに祝われても、決して見せることのなかった笑顔が、こんなにも簡単に見れてしまう。 (兄や様には敵いませんね) 兄や様の分、そして私の分を取り分け、三人だけのパーティー会場で。 「兄やのケーキ、おいしい……」 その笑顔のかけらだけでも、私の力で引き出せたらと思いつつ。 「……いただきます」 降伏の証として、私はケーキをひとかけら、口に運びました。 "The piece of giggle"closed.
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