バカ兄妹の賛歌
 それは、晴れた金曜の朝にやってきた。

 快晴といえる5月16日の朝、学校へ行こうと玄関を出た春歌は、玄関脇に置かれた牛乳ビンが配達されるケースに、花束がおいてあることに気づいた。
「あら?」
 今朝はこれで二度目だった。朝、大家のおばさんが牛乳を持ってこようとした時も、花束があったのだ。その花は玄関の靴箱に生けられている。
「誰かしら……」
 花束を持ち上げる。白バラが十本、ビニールに包まれている。くるりと回してみると、メッセージカードが添えられていた。
『あなたの肌のように、白い薔薇を差し上げます』
 薔薇の『薔』の字が少し歪になっているところを見ると、買った本人が書いたのだろう。しかし、見知らぬ送り主の身元を明かす情報は記されていなかった。
「また、ですわね」
 くるり、とポニーテールをゆらして、春歌は家に戻った。

「おはようございます」
「春歌ちゃん、おは――」
「どしたの、それ?」
 聞くクラスメートの声に、春歌は困った顔で、両手で抱えた包みの山を持ち上げた。
「もらったんです。あの、少し手伝っていただけませんか?」
「あ、うん」
「たいへんだねー」
 ひょいひょいと抱えた包みの山が取り除かれると、そこにはクラスメートの桂子とさやかの顔があった。
「どうもありがとうございます。桂子ちゃん、さやかちゃん」
「何、いいって」
 そう言ってさやかと桂子は、春歌の机の上にどさどさと包みを置いた。山から零れ落ちたピンクの箱を拾い上げて、春歌は左手に持ったリュックを机の脇のフックにかけ、自分のカバンを椅子の上に置いた。
「ふう……」
「これ、どうしたの?」
 訊いてくる桂子に、春歌はため息をついた。
「誕生日プレゼント、だとは思うんですが」
「ま、見ればわかるけど」
「二分の一は下駄箱に入っていたんです。残りは、教室に来るまでに渡されました」
「たーいへんだねえ。さすが人気者ぉ」
「や、やめてください」
 悪い気はしないが、あからさまに言われるのは少し恥ずかしい。
「このカバンは? 春歌ちゃん、こんなの持ってなかったよね?」
 さやかが、机脇にかけられたリュックを指差す。黒とグレーの大型で、明らかに男性向きのデザインだ。
「私がたくさんプレゼントをもらって、持ちきれないとつぶやいたら、3組の大庭さんと名乗る方が貸してくださったんです」
「大庭って、大庭孝之? ちょっとロンゲの、二重の?」
「ええ、確かそうです」
「大庭って確か、2組の工藤さんと付き合ってなかったっけ?」
 少し、沈黙が降りた。
「で、でも、お友達として、貸してくれたのかもしれないよ?」
 桂子が弁明するが、さやかは首を振って、
「工藤さんって、美人だけど、嫉妬ぶかい事で有名なのよ。もし、見つかったら……」
 さやかは栗色の髪を一つまみ、唇に挟んで、おどろおどろしく言った。
「春歌ちゃん、月のない夜には気をつけたほうがいいよ〜」
「は、はい、そうします……」
 あとずさる春歌に、桂子がそっと言った。
「あとで、あたしが代わりに届けてあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
 ほっと息をつく春歌の背に、声がかけられる。
「あ、あの! 明仁あけひとさん!」
「はい?」
 後ろに居たのはクラスメートの男子だった。
「あの、これ!」
 差し出してきたのは、グラスグリーンの直方体だった。
「私に?」
「う、うん。た、たんじょうぶい…誕生日、だろ?」
「ええ」
 言い間違えに、桂子とさやかがくすりと笑う。
「だから」
「ありがとうございます。高梨さん」
 礼を言い、包みを受け取ると、男子はきびすを返そうとし――押しつぶされた。
「高梨ずっけえぞ!」
「なにすんだ!」
「あ、明仁さん! 俺も俺も!」
「明仁さん、誕生日おめでとう! これつまらないもんだけど!」
「つまんねえならやるなよ! あ、俺のは最高だぜ?」
「ぼ、ぼくも明仁さんに――」
「オタクはすっこんでろ!」
「春歌ちゃ〜ん、俺のももらってよ!」
雛罌粟ひなげし! 勝手にちゃん付けするな!」
「だったら俺も――春歌ちゃん、これ、ゴディバのチョコ!」
「ばっか、押すな!!」
「いってえ、誰だ踏みやがったの!」
「これ、ネックレス! 気に入るかわからないけど!」
「蔓草、俺のプレゼント返せよ!」
「はん! こんなもん、俺が質屋に売ってやるよ!」
「プレゼント、はい! 明仁さん!」
 早朝の魚河岸のような騒動が教室に満ちる。総勢15人の男子が春歌の元へ殺到する。
 結局、この騒ぎは担任が来るまで続いた。

「明仁さん、これ!」
「どうも、ありがとうございます」
「そ、それで、放課後なんだけど……」
「すみません、用事があるので……」
「そ、そうだよね」
「おい田代、さっさとどけよ!」
「あとつかえてんだぞ!」

「やあ、明仁君、今日は誕生日だそうだね」
「はい、先生」
「おめでとう。これはつまらないものだが」
「ありがとうございます」
「ところでだね、授業でわからない事はないかい? なんなら個人的に教授しても」
「いえ、先生の授業はとてもわかりやすいので、十分にとは言えませんが、理解しています」
「そ、そうかい」

「明仁先輩、これ、受け取ってください!」
「ありがとうございます、ええと――」
「1年の戸田です!」
「戸田くん、ありがとうございます」
「は、はい! それじゃ!」
「――それ、1年生だけで何個目?」
「23個目です、さやかちゃん」

「やあ、明仁くん」
「あ、生徒会長だ」
「はい、何でしょう?」
「これ、受け取ってもらえないかな?」
「おお、このケースは、もしや指輪だったりしますか? 会長」
「そうだよ、桂子くん。いや、はっはっは――」
「そ、そんな、兄君さま以外から指輪なんて、受け取れませんわ! ぽっ」
「ぐはあ!」
「うあ、10メートルは飛んだよ――相変わらず、掌底の調子はいいみたいね」

「は、春歌先輩! これ、私の気持ちです!」
「え、え?」
「先輩の美貌という矢は、私の胸を射抜いてしまいました。――責任、とってくださうきゃあああああ!」
「大丈夫? 春歌さん」
「あ、部長」
「危ないところだったわね――ところで、今夜空いてる?」
「え、ええと……」

「かくして、今私たちの手にある、推定200個のプレゼントは、捨てられることもなく、春歌ちゃんの家へと向かっている、と」
「こんだけあったら、爆発物とかあるかもね……」
「そ、そんなことありませんわ……きっと」
 春歌は、息も絶え絶えと言った感じで答えた。いかな彼女とはいえ、部活帰りに並みでない量はきつい。桂子とさやかに手伝ってもらわなかったら、きっと置いていっただろう。
「早く帰りませんと、兄君さまにも悪いです……」
「よりによって、こんな日に風邪引くなんて、先輩も運が悪いね」
「きっと、春歌ちゃんに悪い虫でもつかないように、水垢離でもしてたんじゃない?」
「よくわかりましたね、さやかちゃん」
「…………」

「兄君さま、ただいま戻りました!」
「お、おお、春歌……それに、桂子ちゃんにさやかちゃん、こんにちは」
『どーもー』
 身を起こそうとした兄に、春歌は駆け寄った。
「ダメです、兄君さま。まだ起きては――」
「いや、もう大丈夫。熱も下がったし。それより――」
 がしっと春歌の肩をつかむ兄。
「大丈夫だったか?」
 真摯な兄の眼差しに、春歌は目を潤ませ、頷いた。
「はい、兄君さま……っ」
「こんな大事な日に、お前を一人で学校にやるなんて、俺はなんて馬鹿なんだ」
「いいえ、兄君さま。わたくしは兄君さまのために在るのです。わたくしのために兄君さまが無理をなさる事はありません」
「いや、妹に悪い虫がつかないようにするのが、兄の勤めだ」
「ああ、兄君さま。春歌は嬉しゅうございます」
のぞむと鈴凛ちゃんが来てくれるらしいが、まだ家を出ていないようなら断ろう。今夜は春歌とだけで居たい……」
「そ、そんな――ぽっ」

『あ』
『あ』
 盛り上がる二人に気づかれないように家を出たさやかと桂子は、玄関先で二人組の男女に出くわした。
「鈴凛ちゃんと――明仁先輩」
「こんにちは」
 二人が頭を下げると、兄妹は頭を下げた。兄のほうが訊いてくる。
義弥よしやと春歌ちゃん、いる?」
「ええ。――でも、今は入らないほうがいいと思いますけど」
「ラブラブモード全開なんで」
「やっぱりねー」
 鈴凛がくすりと笑う。鈴凛の兄も、
「そんなこったろうとは思ったけどな、おじさんに頼まれたんで、一応行くよ」
「そうですか――それじゃ、私たちはこれで」
「うん、じゃあねー」
 さやかと桂子が道を空けると、兄妹は家に入っていった。
「しっかし、義弥も春歌ちゃんも、いいかげんにしとけよな」
「なんか、恥ずかしいぐらいのブラコン、シスコンだよね」
「ま、勇馬には敵わないかもしれないけどな」
 ぴしゃっと、戸が閉まったと同時に、二人は敷地の外に出た。
 夕刻。カラスが鳴き、子供が帰る。
 二人は同時につぶやいた。
「あんたらが言うのか、それを」
 二組の兄馬鹿、妹馬鹿がいる家を、二人はあとにしたのだった。
"They are in love each other."closed.

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