未生のツバサ
 決して弱くない雨音に嘆息し、兄は目の前の妹に話しかけた。
「せっかくの誕生日なのに、雨なんて、悪かったな」
「んーん、そんなことないよ」
 彼女は首をふった。
「ヒナは、おにいたまといっしょにいられて、とーってもうれしいもん」
「でも、晴れだったら、外で遊べたろう?」
「ヒナ、おうちでトランプするのもたのしいよ」
「…そうか」
 頷き、妹の手札から一枚カードを抜き取り、自分の手札の、同じ数字のカードを捨てる。
 二人でババ抜きをして何が楽しいのか、と人は言うだろうが、少なくとも自分は楽しかった。
 自分にジョーカーがあるときは、彼女に任せる。
 彼女が持っているときは、彼女の表情からジョーカーの位置を読み取って、それを引く。
 ジョーカー以外を引かれそうになったときの驚愕と不安が混じった顔、ジョーカーを引かれそうになったときの喜色は、見ていて飽きない。
 勝負は幾度となく、雛子の勝ちに終わった。
「おにいたま、よわーいね」
「雛子が強いんだよ。きっと、一番上手な人にも勝てると思う」
「ほんと? ほんとにほんと? ヒナ、いちばんになれる?」
「ああ」
「やったぁ!」
 諸手をあげて歓声を上げる妹に、彼は微笑んだ。
「じゃあ、次は何をする?」
「んーとね、んーとね…なにがあるかな?」
「七並べはどうかな?」
「しちならべって?」
「ババ抜きと同じでね、俺と雛子の両方にトランプを配って――」
 説明しながらカードを切る。彼女はすぐに、やってみたい、と答えた。
 スペード、ダイヤ、ハート、クラブの『7』が床に置かれ、そこから横に派生していく。
 彼女の置き方は、彼が置けないようにする、という画策は微塵もない。
 ただただ並べていき、一つの列が完成すれば、喜ぶ。
 普通なら、ゲームとしては成り立たない、遊び方。だが、たまにはこんなこともあっていい。
 こんな日が、あってもいい。

「『これで合うわ! こんなこと、いままでいちども考えてみたことがなかった。でも、ほんとうはいまの瞬間なんてぜんぜんなくて、あるのは過去と未来だけじゃないかしら?』」
 兄の、高くした声で綴られる物語に、彼女は懸命に、耳を傾けているようだった。
 時間どろぼうの男たちと追走劇を繰り広げる、孤児の少女の物語。
 雨はまだやまない。やみそうもない。

「いただきます」
「いただきます」
 手を合わせる兄を、見よう見まねで妹が真似する。
 兄の作ったミートソースのパスタは、別に難しいものでもなんでもない。パスタはゆでて、ミートソースは缶詰のものを温めただけだ。
 それでも、
「おにいたま、おいしいねっ」
「そう、ありがと。――雛子、ソースがついてる」
「え?」
「ほら」
「くししし、おにいたま、くすぐったいよぉ」
「まったく、雛子は誕生日になっても子供だな」
「ぶぅー、ヒナ、こどもじゃないもん!」
「そう?」
「もうヒナ、えっと、――さいなんだよ。もう、こどもじゃないもん」
「そうだな。ごめん」
 パスタをフォークで巻いて、口に運びながら、彼は詫びた。
「じゃあ、今夜は俺と一緒に寝なくても大丈夫だな」
「えー、やだー! ヒナ、おにいたまといっしょにねるのー!」
「もう子供じゃないんだろ?」
「それでもやだー!」
「わかったわかった。一緒に寝るよ」
「わーい、やったー!」
 笑みを浮かべた彼女は、「ねえ、おにいたま」と言って、こちらを見た。
「ん?」
「ヒナね、おにいたまといっしょにいられるんなら、ずぅーっと、こどものままでもいいよ」

『わざわざありがとうございますぅ、管理人さん』
「いや、仕事休んだ俺も悪いしね」
『妹さんの誕生日なんでしょぉ? 別に悪くないですよぉ』
「ありがとう、さちえさん。――沙織ちゃん、いるかな」
『はいぃ、呼んできますね』
 暫くして、別の声が受話器から届く。
『もしもし、野々花です』
「沙織ちゃん、誕生日おめでとう」
『え――覚えててくれたんですか?』
「勿論だよ。直接祝えなくて、ごめんね」
『いえ、私、嬉しいです。管理人さん、覚えててくれてて』
「明日には帰るから、プレゼントはそのときに」
『え、そんな、わざわざいいですよ』
「え? いらない?」
『い、いえ、そんなことは――楽しみにしてます』
「うん。それじゃ、また明日ね」
『はい、おやすみなさい』
「おやすみ」

 部屋に行くと、彼女は既にまぶたを閉じていた。
「待ちきれなかったか…」
 苦笑し、ベッドの上で眠る妹の傍らに座る。
「おにいたま…」
 寝返りを打つ彼女の手が、彼の横に落ちた。
 そっと、その柔らかい手を握ると、春の日向のようなぬくもりが肌を通じて感じられる。

 おにいたまといっしょにいられるんなら、ずぅーっと、こどものままでもいいよ

 それは無理な話だろう。無知ゆえの無垢な無謀だ。
 時は止まらない。いずれ別離の時が来る。
 彼女とも別れる時が来る。それは唐突にやってくる。無慈悲な神の決断の元に。
(だが、それでも――)
 このぬくもりを、永遠に守り抜きたいと、今夜は殊更思うのだ。
"Rainy Yellow"closed.

 一年ぶりの雛子BDSS(当然)
 少し沙織が入っている辺りに、成長したなぁという感じがありません。

 シスプリ本誌連載が休止して以来、どうもシリアス風味から逃れられません。
 去年がギャグものだったので、今年はシリアス、というのは確定事項なのでしょうがないのですが…
 よく考えてみれば、去年の鈴凛はシリアスなのに、今年もシリアスじゃないか。失敗失敗。
 来月の可憐もシリアスか、大変だなぁ。
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