by all means
「………」
 差し出された“それ”を、無言で見つめる。
「はい!」
 綾那。どうして堪えきれないという顔をしている。
「はい!」
 音葉、お前もだ。
「どうぞ」
 香澄。お前も言うようになったな。
「はいぃ」
 水葉。どうしてお前はそうなんだ。
「どう?」
 繭。包んですらいないのか。
「いかがですか?」
 涼歌。赤く染まった金属バットを持たせているのは、お前の趣味だな。
「………」
 影利。鼻を鳴らすとケンカを売っているようにしか見えない。
 もう一度、見る。
 それは一言で表すなら、不恰好だった。
 へたれているようで緊張感があり、愛嬌があるが不安も感じる。
 真綿につつまれた刃物――しかも錆付いている。そんな感じだ。
「華苑、どうか?」
 姉としては日本語の間違いを指摘してやらなければならないんだろうが……
「カーチャ」
「?」
「これはなんだ?」
 その場にいる全員――まあ、影利は別だが――の顔に緊張が走る。
 妹はにこっと笑って、言った。
「誕生日プレゼント!」
「バカか」
 妹ではなく、首謀者であろう綾那達に向けて、私は言った。
「バカとは何よ! せっかく準備したのに」
「苦労したんだよ、これゲットするの」
「ただでしたけど、ただでもらえる場所がなかなかありませんでしたし」
「それはそうだよ。うち、見つかるとは思わなかったもん」
 口々に言う非常識たちに、嘆息する。
「これは一体何なんだ?」
 口をそろえて、彼女らは告げる。
「ぬいぐるみ!」


「これはな、ぬいぐるみではなく、着ぐるみというんだ」
「知ってるわよ、そんなの」
 音葉が口を尖らせる。
「だけど、もう着ないものを貰ってきたのよ。だったらこれは着ぐるみじゃないじゃない」
「屁理屈だ」
「でも、気に入ると思ったんだよ」
 綾那が抗弁するが、私は腕を組んで、冷ややかにクマの着ぐるみを見下ろした。
「気に入る? 私が? バカな」
「何言ってるのよ、好きなくせに」
「嫌よ嫌よも好きのうち〜」
 水葉、それは違うぞ。
「断じて好きではない。そう、私はこんな、愛らしくもつぶらな瞳で保護欲を掻き立てられつつもその柔らかなファーに包まれて眠りたいと思う庇護欲も生み出す、人類史上最高の発明品を、決して好きではない」
「それは好きと言っているのと同じだと思いますが……」
「違うぞ香澄。第一ぼろぼろじゃないか。プレゼントにしても失礼だ。ちゃんと洗ってあげないとかわいそうだ、なんて私は思わないが、それくらいの礼節は必要だぞ。着ぐるみに対してでなく、私にだ」
「ま、まあ、それはともかくさ。せっかくのプレゼントだし、少しぐらい触ってよ」
「ん、まあそれぐらいはいいだろう。だが、仕方なくやるんだ。勘違いするな」
『うんうん』
 首を縦に振る妹たちを尻目に私はそっと、着ぐるみの肩に手をやった(ほつれてるじゃないか)。
 ぽん。
 がしっ。
「え?」
 がばぁ!
「なっ!?」
 一瞬、何が何だかわからなくなり、そして。
「きゃあああ!」
 甲高い悲鳴を上げるのも無理はないだろう。
 突然、着ぐるみが抱きついてきたのだ。
「なっ、な!?」
「やっりぃ、成功!」
「『きゃあ!』だって! 華苑も可愛いとこあるねぇ!」
 な? どういうことだ? 何故みんな驚かない?
『ふもっもっもっもっも』
 着ぐるみの中からこもった笑い声が聞こえる。
 まさか……
 と思った瞬間、着ぐるみは自らの頭を上に外した。
「はっはっは! おっしゃ大成功!!」
「……とうさん」
「どうだ驚いたろう。いや、顔真っ赤だ。すげぇ!」
「やったねパパ!」
「だ〜いせ〜いこ〜う!」
 ……………
「あ、あれ? 華苑、どした?」
「これ仕込むの大変だったんだよ?」
「ね、ね、ちょっとやばくない?」
「素晴らしいですわ。目の前で惨劇が見れるなんて」
「す、涼歌、変なことを……か、華苑、そのな?」
「……とうさん」
 顔をあげ。
「死ね」


 ぼふん、と床に着ぐるみが落ちる。
 まったく、ろくなことを考えない。まあ、鼻血ぐらいですんだのだから、感謝してほしいぐらいだ。
「………」
 着ぐるみを見つめる。
 まあ、愛嬌がないわけでもない。酷使されていたものらしい、剥げ具合が哀愁をそそる。
 これほどの大きさのものは、コレクションにもない。当然だ。これは着ぐるみなのだから。
「………」
 部屋を見回す。ドアは閉まっている。窓もカーテンが掛かっている。
「………」
 着ぐるみを持ち上げ、反転させる。背中のチャックを開き、がばっと開く。
 汗のにおいはほとんどない。消臭剤でも使ったのだろう。
 ただ――とうさんの匂いがする。
「………」
 そっと、足を差し入れる。
 がちゃっ。
「華苑。お父上が風呂に――」
「………」
「…………」
「…………」
 ぱたん。
 ぱたぱたと彼女が歩き、部屋に入る音を聞いたあと。
 口封じをすべく、私は部屋を飛び出した。
"by all means"closed.

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