シスター・ナイト ホラー・ナイト
・出発
「では、くじ引きで組を決めまーす」
 そういった鈴凛の手には、十四本の爪楊枝があった。
 十五夜お月様見て跳ねる、と九月なら言いたい所だが、生憎今夜は八月の蒸し暑い夜。兄と妹たち、そしてじいやは、白並木学園旧校舎に肝試しにやってきていた。『夏といえばホラーでしょ』という鈴凛の提案からで、学園に伝わる七不思議を見つけようというのだが――
「ちょっと待ちなさいよ、くじ引きで決めるの?」
 咲耶が聞くと、鈴凛は頷いた。
「だって、それが公平でしょ?」
「全然公平じゃないわよ。千影なんか一番に何か仕掛けてきそうじゃない」
 咲耶が視線を投げると、千影は微笑を浮かべて、
「心外……だな」
 とだけ言った。そこに兄が見かねて
「まあいいじゃないか。せっかく皆で遊べるんだから、千影だってズルはしないよな?」
「…当然、だよ」
「ま、お兄様が言うなら仕方ないけど」
「じゃ、ちゃっちゃとくじを引いてもらいましょー」
 鈴凛が手を差し出し、そこに妹たちが手を伸ばす。
(お兄ちゃんと一緒お兄ちゃんと一緒お兄ちゃんと――)
(お兄ちゃまと一緒お兄ちゃまと――)
(あにぃと――)
 中略。
(あ、『ウォー○ーボーイズ』見忘れた)
 そんなことを思いながら、兄は最後の一本を引いた。

@三階北側の女子トイレの奥から3番目には女の子の霊がでる
「ったく、どうして私がお兄様と一緒じゃないのよ」
 ぶつくさ言いながら咲耶は階段を上っていた。
 鈴凛の提案で、時間が掛かるのもあれだから、一組一つずつの不思議を確認し、写真で現場を撮影して行ったことを証明する、という方法がとられた。
 咲耶が当たったのは三階女子トイレの怪。そして咲耶とペアを組んだのは、
「亞里亞、くらいのこわい…」
(何で…?)
 絶望的な気持ちになる。鈴凛や春歌だったらまだ話が出来よう。しかし、姉妹で一、二を争うほど会話のコミュニケーションが悪い亞里亞と、話が弾むわけがない。
(もう、さっさと行ってすませちゃいましょ)
 亞里亞の手を引いて、さっさと階段を上がる。
「姉や…」
「何?」
 振り向きもせず、上を見て咲耶は聞いた。
「亞里亞、こわいの…」
「そう」
「姉やも…こわい?」
 ぎしっと歩みが止まる。
「そ、そんなわけないでしょ? オバケなんていないんだから」
 震える唇を押さえる。
 そうして二人は三階北側トイレの前についた。北側ゆえに、月明かりもない。電気もついていなく、ただペンライトだけが灯火だった。
「な、何にもないわよね?」
「姉や…」
「な、何? 何かいたの!?」
「亞里亞、おといれ…」
「…え?」
 振り向くと亞里亞は、下腹部の辺りを押さえていた。
「あ、え、ええと…」
 突然の事態に少し混乱するが、よく考えてみれば眼前にトイレがあるではないか。ついでに、件の個室に入ってもらって、幽霊の正体を確かめてもらおう。
「ほら、こっち」
 亞里亞の手を引いてトイレに入る。木造校舎のトイレはやはり木造で、いかにもな雰囲気がある。
「奥から三番目よね。――あら、一番奥は用具入れじゃない。じゃあ、これを抜かして――ここね」
 躊躇したいところだが、亞里亞の事情もある。覚悟を決めて、戸を開ける。
「な、何にもないじゃない。――亞里亞、私はここで待ってるから」
「…亞里亞、ひとりじゃできない…」
「……」
「てつだって…」
 仕方ない。乗りかかった船だ。
※しばらく音声のみでお楽しみください※
「はーい、脱いじゃってー」
「うん…」
「え、ええと、私向こう向いてるから、どうぞ」
SE:水の流れる音
「…できた」
「そ? じゃあ、紙は――このティッシュ使って」
「…ふいて」
「え、ええ!?」
「…くすん」
「わ、わかったわよ…」
※終了※
(う、生まれて初めて、他人のを手伝ったわ…忘れちゃいましょ)
 結局幽霊は出ず、七不思議の一つは嘘だったとわかったが、何か大事なものを失った気がする。
「…ん」
「姉や?」
「ちょ、ちょっと待って。私もしてくるわ」
 亞里亞の入った隣の個室(奥から二番目)に入り、咲耶は腰を下ろした。
 ふと思う。一番奥の用具入れ。もしかしたら、あそこも数に入れるのではないか?
 だとしたら、三番目は亞里亞の入った個室ではなく、いま自分が入っている――
(そんなわけないじゃない)
 立ち上がり、疑念を振り払う。ばかばかしい。そんなことがあるはずがない。
 ぎしっ。
(え?)
 振り返る。壁があるだけだ。
 ぎしっ。上か? 違う。下? も違う。
(え? え? そ、そんな、本当に…!?)
「亞里――」
 ぴとっ。
「きゃああああああああああああ!!」
 背中に張り付いた生温かい感触に、咲耶は絶叫を上げた。

 突然の悲鳴に、亞里亞は身をすくませた。姉が入っていた個室の扉が、ゆっくりと開く。
「姉や?」
 その隙間から、小さな影が飛び出した。影は亞里亞の足元で立ち止まる。
「…ネズミさん?」
 彼は二三度首を動かして、そのままスタスターっと行ってしまった。
「ばいばぁい…」


A中庭にある赤い彗星の像は喋る
「これだけ立派な像が放置されているってのも変よねー」
 鈴凛はその像の顔の辺りをライトで照らしながらぼやいた。その腕にぎゅっとつかまっている花穂が震えた声で懇願する。
「お、お姉ちゃま〜、早く終わらせようよぉ」
「はいはい。――それにしても怖がりねぇ。ここのが一番怖くないのに」
「で、でもぉ、この石像、動くんでしょ?」
「さあね。質問には答えてくれるとは聞いたけど」
「質問?」
「うん。『どうして○○は××なんですか?』とかいう風に聞くと、絶対答えてくれるの」
「そ、そんなの怖いよ〜!」
「答えを教えてくれるのよ? 便利じゃない」
「でも、オバケなんだよ?」
「いいからいいから」
 震えっぱなしの妹に笑い、改めて石像を見やる。西洋風の兜に目元を覆う仮面、儀礼的な服にはためくマント。まるで貴族のようだ。
「それじゃ――んんっ」
 喉の調子を整えて、鈴凛は告げた。
「どうして政治家はアホばかりなの?」
 しーん。
「お、お姉ちゃま…答えないよ?」
「質問が悪かったのね。それじゃ――どうして人は過ちを繰り返すの?」
「抽象的過ぎるよぉ」
 その後、様々な質問を繰り出したが、石像はうんともすんとも言わなかった。
「詐欺だー!」
 夜空にほえると、花穂がくいと袖を引っ張ってきた。
「ん?」
「お姉ちゃま、花穂も聞いてみていいかな」
「いいけど」
「ええと――花穂は、どうしてドジなんですか?」
 しーん。
「やっぱりダメかー。よさげな質問だとは思ったけどね。とりあえず写真とって、戻ろっか」
「うん」
 鈴凛がデジカメを構え、花穂が石像の前に立ち、フラッシュがまたたく。
「よし、それじゃ行こ」
「はーいっ」
 二人は頷きあい、かくしてこの場は幕を閉じ。

 石像の青年が、とても“イイ顔”になっていたことに気付いたのは、それから少し、あとのこと。


B西の階段は、上る時は十二段、降りる時は十三段になっている
「ヒナコはねー、いっつもゲンゲンゲンキですー♪」
「ひ、雛子ちゃん、もう少し小さい声で…」
「どうして?」
「ど、どうしてって…オバケが来たら、可憐、困ります…」
「だぁいじょうぶ、ヒナが可憐おねえたまをまもってあげるから!」
「そ、そう?」
 キョロキョロと周囲を見回しながら、可憐は苦笑いを浮かべた。
 可憐と雛子が目指すのは、西の階段である。
『降りる時と上る時の数が違うのよ。話によると、昔それを確かめようとした男子生徒が誤って階段から落ちて、それ以来本当に増えるようになったとか』
 と、鈴凛は語っていた。
「こ、ここかなぁ…」
 そこに辿り着いた可憐は、ペンライトで階段を照らした。
「ここのカイダンなの?」
「た、多分ね。それじゃ、行きましょうか」
「うんっ」
 雛子と手をつなぎ、可憐は一歩ずつ階段を上り始めた。
 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二。
「十二段、よね」
「うん」
 ほーっ、と可憐は溜め息をついた。問題はこれからだ――
 ドガン!!
「!?」
 背後からの物音に振り向き、可憐は階下を照らした。だが、何もない。
「なんのおと?」
「さ、さあ…」
 あからさまに声が震えていた。
「と、とにかくはやく帰りましょ。お兄ちゃんも待ってるし」
「うん」
 再び、一歩ずつ、今度は降り始める。
 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三――
「え?」
 そんな。ありえない。可憐は思わず足を引いた。
「いってーなー」
 闇の中、それがむくりと起き上がった。
「まあ、こんなところで転んだ俺も悪かったけどよ。謝るぐらいしてくれよ」
 その、顔の半分の皮がはがれ、体の前の皮が剥かれて内臓の見える男は、腹――というか、腸を押さえながらぶつくさ呟いた。
「………」
「これからは気をつけてくれよ」
「……はひ」
「よし。じゃな、ちょっと急いでるんで」
 そういって、人体模型は軽快な足取りで廊下を走っていった。
「ばいばーい」
 ひらひらと雛子が手をふり、そしてこちらを見る。
「おねえたま、ちゃんとごめんなさいしないとだめだよー」
「……うん」
 かろうじて、それだけ答え。
 可憐はその場に崩れ落ちた。


C図書室には読んだ人を連れ去る本がある
 千影が鍵を差し込み、回すと、がちゃり、と音をたてて図書室の扉は開いた。
「…運ばれていない、旧校舎の図書室の本の中に、読者を異界へと連れ去る魔本が存在する…か」
「本当に在るんでしょうか、そんな本が」
 胸元で手を握る鞠絵に、千影は微笑んだ。
「それを確かめるために…こうして来たんだよ…」
「そうですね…それじゃ探しましょうか。確か、奥から二番目の棚の、上から三番目の段、赤くて何も書いてない背表紙の本、でしたね」
「ああ…表と裏、手分けして探そうか」
 覚束無い足取りの鞠絵とは逆に、千影は迷いなく歩を進める。件の書架の前に来て、鞠絵は姉に聞いた。
「はい。――姉上さま、ライトはよろしいのですか?」
「いや…私は夜目がきくからね。鞠絵君が使ってかまわないよ…」
「そうですか? では」
 頭を下げて、鞠絵は書架の裏に回った。肝試しだというのに怖くないのは、やはり図書室だからだろうか。
(ええと…赤色の背表紙、赤色の――え?)
 ペンライトで埃を被った諸書をなぞっていくと、赤い色が目に入った。
 光を戻すと、確かに、何も書かれていない赤い背表紙の本が差し込まれている。
「………」
 無言で本を抜き取る。表紙には何も書かれていない。まるでノートだ。
 心臓が早鐘のように鳴っていた。これが例の本なのだろうか。だとしたら、千影を呼んだようがいいか。否、ただの本だったら、そんなことをしなくてもいい。少なくとも、開いて確かめた後でいいだろう。
 一人で頷き、鞠絵は表紙を開いた。

 ばさっという音に眉をひそめ、千影は書架の向こう側に気を向けた。
「…鞠絵君?」
 すっと歩みだし、書架の反対側に移動する。
 誰もいなかった。床の上に、一冊の本が落ちているだけ。
 赤い背表紙の本が。
「………好奇心、猫を殺すか」
 肩をすくめ、本を拾う。埃をはたいて、千影は適当なページを開いた。
 何も書かれていなかった。罫線もなく、汚れの一つもない。
 そのページから突然飛び出してきた青白い手を、千影は無造作に掴んだ。
『……!』
「ふん」
 足掻く手に嘲笑し、その手首をボキリと手折る。声なき悲鳴がこだました。
「閉じていれば気配が消せるとは……表紙自体が結界となっているわけか。……書という宝箱に紛れ込んだミミックとでも言おうか?」
 ピクピクと断続的に震える手首に、更に告げる。
「君の敗因はだね……私の家族に手を出したことだ」
 ぎり、と音がするほどに力を込めて、兄妹の誰にも見せたことのない凄絶な笑みを浮かべる。
「死にたくなければ、とっとと返せ」

「鞠絵君」
「はっ!」
 突然声をかけられ、鞠絵は体をびくっと震わせた。いつのまにか、横に姉が立っていた。
「あ、姉上様」
「件の魔本は見つかったかい?」
「あ、ええと……いえ、まだです」
 急いでペンライトを書棚に向けるが、赤い背表紙の本はなかった。
「ないみたい……ですね」
「そうかい。…それじゃあ、写真を撮って、帰ろうか」
「はい」
 千影がデジカメを取り出し、鞠絵ごと書架を撮影する。
「…人生の先達として、忠告しておくが」
「はい?」
「過ぎた好奇心、そして謙遜は…身を滅ぼすよ…」
「? どういう意味ですか?」
「…覚えてくれさえすればいい…。…ところで、何か書くものを持っているかい?」
「いえ、持っていませんが…何に使うんです?」
 すると千影は懐から一冊の本を取り出した。白い表紙に青い背表紙の本だ。
「興味深い書物を見つけたので、一冊借りていこうと思ってね…」
「はあ…それで、どうして筆記具がいるんですか?」
 すると千影が、彼女にしては珍しく、悪戯っぽく微笑んだ。
「図書室で本を借りるときは…図書カードが必要だろう?」


D夜にピアノを弾いていると絵の中のシューベルトに怒られる
 がらり、と音楽室の扉を開き、四葉と白雪は叫んだ。
「兄チャマ探偵団、今夜は白雪ちゃんを迎えて参上デス!」
「ですの!」
 無言の闇がたたずむ中、二人は油断なく音楽室に入った。
「問題のシューベルトさんはどこデスかね〜」
「四葉ちゃん、音楽家の絵は上に飾ってあるんですのよ」
「あやや、そうデシタ」
 ペンライトで黒板の上を照らすと、微妙な笑みを浮かべた先人たちの顔が浮かび上がった。
「…シューベルトさんは、どれデスか?」
「…知らないですの」
「…四葉もデス」
 二人は暫く顔を見合わせた。
「と、とりあえずピアノを弾いてみるですの」
「そうデス。そうすればシューベルトさんもわかるデス」
 ピアノは教室の前、窓際にあった。カバーを引っぺがして、鍵盤の蓋を開く(何故か開いてた)。
「ところで…誰が弾きますの?」
「姉チャマはピアノ弾けないデスか?」
「ですの。可憐ちゃんがいれば…」
「大丈夫デス! 四葉にお任せデス!」
 どん、と胸を叩く四葉に白雪は小首をかしげた。
「何か名案があるですの?」
「んっふっふ〜、実は四葉、一曲だけデスけど、ピアノが弾けるのデス!」
「すっごいですのー! 可憐ちゃんの立場がなくなるかもしれないですの!」
「次のアニメでメインヒロインは四葉デスよー!」
 そう叫ぶと四葉は、勢いよく鍵盤を叩き始めた。
「うっわー、かっこいい曲ですのー」
「ふっふー、四葉はこれだけはマトモに弾けるのデス。向こうはお堅い学校だったから、ダメだったのデスけど」
「なんていう曲だい?」
「ポリスの『オー・マイ・ゴッド』デス」
「そんな人がいるとは知らなかったな」
「人じゃないデス。バンドデス」
「ふぅむ。バンド、というのは大勢で組む、あれかい」
「そうデス。Very Very Coolなのデス。今度アルバムを貸してあげるデス」
「それは楽しみだ」

 語らう二人を、白雪は携帯電話のカメラで撮影した。
 ついでに覚えておく。
 シューベルトはポリスを気に入った。
 

E理科室の人体模型が動く
「頼もう!」
「あねぇ、それ違う」
 がらっと理科室の戸を開いた春歌に、衛は突っ込んだ。
「いえ、衛さん。夜の校舎は魑魅魍魎悪霊怪異が跋扈する空間。常に覇気を込める事で、邪気を払うことが出来るのですわ」
「何か、千影あねぇみたいな事言うね」
「バイトに行っている神社の巫女さんにそう習ったのです。――例の人体模型はどこでしょう?」
「あ、あれじゃない?」
 机の間を縫って、教室の前のほうに行く。教壇の横に、人体模型と骨格標本が並んでいた。
「人体模型が動くんだよね…」
「鈴凛さんの仰るようには、ですわ」
 ペンライトで照らされた人体模型は確かに不気味で、今にも動き出しそうであった。
「!…衛さん、右!」
 春歌の鋭い声に、衛は右を向いた。何かが飛んでくる。衛は状態をそらして、それを避けた。
「そのまま下がって…くっ!」
 春歌のほうも、苦しげな声を上げた。兎も角、衛は後ろへ後ずさった。
「へっへぇ、やるじゃねぇ?」
「俺らの攻撃を避けるなんてな」
『な…?』
 二人同時に、驚愕の声を上げる。なんと、人体模型と骨格標本が動き、声さえ出していた。
「何なんですの、あなたたちは…」
「なんだかんだと聞かれたら」
「答えてやるのが世の情け…」
 春歌の問いに、二人(?)は含み笑いをもらした。
「我らは旧校舎理科室の守り手」
「悪戯に聖域を荒らす悪ガキどもを成敗する正義の使徒」
 ポーズをとり、叫ぶ。
「ホネ造!」
「ニク助!」
「というわけで大人しくお縄につくがいい悪ガキども」
「これは決して数年ぶりに人間を見たので暇つぶしをしようというわけではないからしてあしからず」
 ヒーローか何かのようなポーズで『びしぃっ』とこちらを指差す人体模型と骨格標本に、春歌と衛は戦慄した。
「ほほほほほほホントのオバケだよよよよおよよぉ!」
「お、落ち着いて衛さんっ、確かに怪異ですが、殴りかかってきたということは、超常現象を使って攻撃することは出来ない、ということです」
「え?」
 すると人体模型は驚愕して、隣の骨に話しかけた。
「気付かれたぞホネ造!」
「ふん、あの娘、なかなかやるようじゃないか」
 鼻の先を擦るような仕草をして(そもそも鼻がないが)、骨が笑う。
「娘、俺が相手をしてやろう」
「…いいでしょう」
「じゃ、俺はショートの子な」
 人体模型の言葉に衛は戦慄した。
「ああああああねぇ! ぼ、ボク、オバケと戦うなんて無理だよぉ!」
「大丈夫です。ワタクシがあの骨を倒すまで逃げ回ってくだされば構いませんから」
「た、倒せるの?」
「餓娑皇髑髏のレプリカと戦ったことがあります。骨格標本程度に負けるわけが在りません」
「そ、そうなんだ」
 いったいどんな経緯でそんなことになったのかが気になるが、とりあえず衛は頷いた。春歌はすっと息を吸い、眼前の骨を睨みつける。
「独逸貴族子女連盟『東方の歌い手』春歌、推して参ります」
 腕を一振りすると、袖に仕込んであった折りたたみ式の長刀が現れる。
 骨格標本は「カカカカ」と笑い(というか骨を鳴らし)、
「面白い――行くぞ!」
 春歌に向かって白い蹴りを叩き込む!
 が。
「カ?」
 次の瞬間、骨格標本がバラバラになっていた。
「ホネ造!」
「ば、馬鹿な…」
 ガシャガシャと床に散らばる骨。春歌は静かに告げた。
「作られて数年しか経っていないあなたは、それぞれの骨を糸で留められています。あれだけの動作をする時には、動作のために魔力を消費するので、接合は糸にほとんど任せきりでしょう。私が絶ったのは、その糸です」
「や、やるな…」
 顎だけを動かして、骨が驚嘆する。
「畜生、よくもホネ造を!」
 はっと振り向くと、人体模型が教室の入り口に立っていた。
「待ってろ! 校長に言いつけてやる!」
 そう言い残すと、人体模型はドタバタと廊下を走っていった。
「………」
「………」
「………」
 春歌、衛、骨はそれぞれ沈黙し、顔を見合わせた。
「…帰りましょうか」
「…うん」
「おいおい、俺このままかよ」
 骨の言葉を無視して、二人は写真を撮ってその場を後にした。


F校長室には…
 ぎしぎしと軋みを生みながら、兄とじいやは校長室へと続く廊下を歩いていた。
 七不思議の最後の一つ、校長室の怪は、何が起こるのかは謎だった。ただ、校長室に何かがある、というだけが伝えられている。
「ほんと、校長室には何があるんでしょうね」
「そ、そうですね」
 のんきそうに兄が聞くと、じいやは答えにくそうに言った。
「? じいやさん、どうしました?」
「い、いえ。別に何でもありません」
 ぶるぶると首をふるじいや。
 と、遠くから甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「きゃ!」「うわ!」
 途端、抱きついてきたじいやに、兄は慌てふためいた。
「じ、じいやさん」
「あ…も、申し訳ございませんっ」
 ぱっと離れて居住いを正すじいやに、兄は聞いた。
「じいやさん、もしかして、オバケ苦手ですか?」
「い、いえ。そんな事は…それより、あの悲鳴は…」
「咲耶…かな?」
「もしかしたら怪物にでも襲われたのかも…」
「いえ。悲鳴を上げるってのは余裕がある証拠ですよ。大声を上げるのは体力がいることですし」
「そういうものですか…」
 二人は更に歩を進め、校長室の前に辿り着いた。
「ここか…」
「兄や様、本当に開けても大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。オバケなんていないんですから」
 言いながらノブをひねると、簡単に戸が開いた。同時に、廊下に光が差し込んでいる。
「え?」
 電気の通ってない旧校舎に灯りがついていることを疑問に思いつつ、二人は中に入った。
「あら、どうしたの?」
 迎えたのは、スーツ姿の女性だった。中年といえる年頃だろう。
「あー、と。僕ら、肝試しに来たんですけど」
「そうなの? ダメよ、学校に勝手に入っちゃ」
「すんません…」
 頭を下げ、ふと思う。この女性に聞けば、校長室の怪の事が何かわかるかもしれない。
「あの、校長室に伝わる七不思議って知ってます?」
「七不思議? さあ、知らないわ」
「そうですか…」
 と、廊下から床を踏み抜くような足音が聞こえてきて、校長室の扉が開けられた。
「き――」
 じいやが悲鳴も上げずに気絶する。そこに立っていたのは、人体模型だった。
「校長! 人間が入ってきて、ホネ造が――ここも人間がいやがる!」
「ニク助君、また子供たちを苛めたのですか?」
「い、いや、苛めたっつーより」
 弁解しようとする人体模型に、女性はやんわりと言った。
「人間を威かしてはいけないと何度も言っているでしょう? ここが壊されたら、ここにいるみんなが消えてしまうのよ」
「わぁったよ!」
 不機嫌そうに人体模型は外に出て行った。女性は兄に、
「ごめんなさいね。あなたのお友達を、彼が威かしたみたい」
「いえ、肝試しにきたんですから、問題ないです」
 じいやを抱き起こして、背負う。柔らかい感触が背を撫でた。
「僕らは帰ります。おやすみなさい」
「おやすみなさい。気をつけてね」
「はい」
 頷き、校長室をあとにする。
 廊下を進みながら、兄は首をかしげた。
(あんな先生いたかな? どっかで見た気がするんだけど…)
 ふと、写真を撮り忘れたことに気付き、校長室を振り返る。が、明かりは完全に消えていた。
 嘆息し、兄は改めて世の不思議を感じた。どっとはらい。
"Sister's Knight,Horror Night"closed.

 映像技術部『パラダイス・ロスト〜お兄ちゃん大好き〜』寄稿作品
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