決めるのは、あなた
『三賢者』(Heiligen Drei Konige)
 イエスが生誕したとき、東方から来た三人の賢者。
 金、沒薬、乳香を携え、イエスの誕生に捧げたという。


「はっ、はっ、はっ……」
 あーあ、すっかり遅れちゃったな。
 だいたい、誕生日にお手伝いをお願いするママが悪いんだよ。
 誕生日だからって、お手伝いをしなくていい、なんてことはありません――なんて。
 あにぃが先についてたらどうしよう。
 あにぃはいつだって、『少しぐらい遅れてもいいよ』なんて言うけど、だからって言葉どおりに甘えちゃいけないよね。
 だって、ボクはあにぃに追いつきたいんだから――せめて、待ち合わせぐらいはちゃんとしないとね。
「……ん?」
 走ってた僕は、そこで歩調を緩めたんだ。
 待ち合わせのベティーズ広場につづく道に、おじいさんが一人いたんだ。
 普通なら無視しちゃうところだけど、なんだかおじいさんは、落し物を探してるみたいだった。
 だって、腰を曲げて下を見て、キョロキョロしてるんだから。
 周りの人は気付いていないか、気付いていても無視してるみたい。
 ボクも、あにぃとの待ち合わせに遅れちゃうから、そのまま行こうと思ったんだけど――
「……ねえ」
 って、つい声をかけちゃった。やっぱり、困ってる人は放っておけないよね。あにぃだってきっと、助けるだろうし。
 ボクが「落し物?」って聞くと、おじいさんは頷いて、
「結婚指輪を落としてしまったんじゃ」
 って言ったんだ。指にはめておくと抜けてなくしちゃうかもしれないから、首からチェーンでさげてたんだけど、歩いているときに落としちゃったんだって。チェーンが切れちゃったみたい。
 ボクは、歩いてる人たちの間をすいすい歩きながら探したよ。おじいさんも探してたけど、やっぱりボクのほうがたくさんのところを探せたし。
「あった、あったよ!」
 そうして、十分ぐらい経って、ようやく指輪は見つかったんだ。石畳と石畳の隙間に落ちてたんだ。僕ももう少しで見逃すところだったよ。
 おじいさんは何度も何度も頭を下げてくれて、周りの人が振り返るぐらいたくさん「ありがとう」って言ってくれた。
 恥ずかしくなって、ボクが行こうとすると、おじいさんはポケットから小箱を取り出して、ボクのほうに差し出してきた。
「お嬢さん、お礼にこれをあげるわい」
「え? いいよ。別にそんなつもりじゃなかったんだから」
「年寄りの好意を無駄にするとは、世知辛い世の中になったもんじゃ。うう、シクシク」
「…うん。もらうよ」
「ほうかほうか。ほれ」
「ありがとう。開けてもいい?」
「ああ」
「…イヤリング?」
「孫娘にあげるつもりだったんじゃが、娘が趣味に合わないだろうと言ってな。買い換えるつもりで持ってきたんじゃが、何かの縁じゃ。つけなされ」
「で、でもボク似合わないよ、きっと」
「年寄りの好意を……」
「わかったよ!」
「それでええ。大丈夫。きっと似合うぞ。どんな男でもイチコロじゃ」
「イチコロ…」
 …あにぃも、イチコロかな…?


 あーあ、すっかりタイムロスしちゃったな。間に合う、かな?
「お嬢ちゃん、見ていかんか!」
「え?」
 振り向くと、公園の前に露天商がいた。
 お店の人はおじいさんで、でもさっきのおじいさんと違って、かなりファンキーな格好をしてた。
「どんな男もイチコロ。満月印の香水じゃ」
「悪いけど、ボク急いでるから――」
「うう、ごほごほ。年金暮らしの老いぼれは、こうでもせんと小遣いすらない…寂しく死んでゆかねばならないとはのぅ」
「………」
 そうして、ボクが仕方なくお店に近付くと、遠くから別の声がしたんだ。
「おらぁ! じいさん、何しとんのじゃ!」
 う、うわ! 黒い服に怖い顔……こ、これって、ヤ○ザって人?
「じいさん、ここに店を出すときにゃ、所場代ってのがいるんだよぉ」
 怖い顔の人は、おじいさんに顔を近づけて――キスしちゃうんじゃないのかなぁ?――、そう言ったんだけど…
「はぁ? 最近耳が遠なってのう、何イッとるのかわからんわい」
「こ、このジジイ…!」
 あ、怖い顔の人が腕を振り上げて――
「だ、ダメだよ!」
 ボクは思わず、おじいさんと男の人の間に割って入ったんだ。
「ああ? んだこのガキ…」
「こ、このおじいさんは、年金暮らしで小遣いもなくて、こうでもしないと寂しい余生なんだ。だから、やめてあげて……」
「わけわかんねんこと言ってんじゃね――ぎゃ!」
「…え?」
 怖くて思わず目を閉じたら、叫び声が聞こえて――目を開けたら、怖い顔の人が背中からバターンって倒れちゃった。
「え? え?」
 そのとき、ボクの右肩のうえに、一本の棒――なんだか静電気みたいなのが出てる――があったんだ。振り返ると、棒の持ってたのはおじいさんだった。
「ざまみろい」
 そうつぶやくとおじいさんは、並べてあった瓶の中から一本つかみとって、ボクに向かって投げた。
「わっとっと」
「やるわい。急いどったんじゃろ。行っていいぞ」
「え? でも――」
「このデクのことなら心配するな。おぬしは待ち合わせ相手に会うことだけを考えればよい」
「う、うん……ありがとう、おじいさん!」
 走りながら、ボクは二つのことを考えてた。
 この香水は、お礼なのかなってことと。
(どうして、待ち合わせだってわかったのかな?)


 広場まであと少し…あにぃ、待ちくたびれちゃったかな?
「ああ、君」
 呼び止められて、ボクはキキッってブレーキをかけた。
 ボクを呼び止めた、スーツを着たおじいさんは、メモを片手に聞いてきたんだ。
「この店に行くには、どの道を行ったらいいのかな? このへんは少し不慣れなもので…」
「え……」
 ど、どうしよう……このお店の場所、少し入り組んでるから、途中まではついていってあげないといけないよね。
 でも、もう待ち合わせの時間は過ぎちゃってるし……
「急いでるならいいんだ。すまんね、呼び止めてしまって」
「あ、はい……」
 そういわれて、ボクはその場を立ち去ろうとした――んだけど。
「あ、あの!」
「ん?」
「ボク、やっぱり案内します!」

「ここです」
「ああ、本当だ。ありがとう」
 あーあ、結局五分のロスだよ。おじいさんを走らせるわけにはいかないから、歩いてきちゃったんだけど…
「それじゃボクはこれで」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 立ち止まると、おじいさんは右手を胸の辺りに持ってきて、
「こんなことしかできないが……」
 パチンって指を鳴らすと、なんだか僕の体の中心が暖かくなって、急に元気がわいてきたんだ。
「え?」
「さあ、行きなさい。待ってる人が、いるのだろう」
「――はい!」


「あにぃ! 遅れてごめん!」
「いや。待ってないよ」
「でも、三十分も遅刻しちゃったし……」
「こないだなんか、1時間ぐらい遅刻して学校に行ったよ、俺」
「ふふっ、あにぃったら」
「はは。……ん?」
「? どうしたの、あにぃ?」
「いや、何だか今日の衛、いつもと違うなって」
「え? ち、違うって、どこが?」
「どこがって言われるとわかんないけど……いつもより、女の子っぽい感じかな? 格好はいつもどおりなんだけど」
「そ、そう?」
「もしかして、そのせいで遅刻したとか?」
「うーん。そう言われれば、そうかな?」
「なんかあったの?」
「あとで教えてあげるよ。それより、行こっ、あにぃ!」


「遅れてすまん」
「おお、日嗣のか」
「おぬしが遅刻するとは珍しいのぉ」
「このあたりは不慣れだ」
「おー、やだやだ。お堅い校長先生は、下々の寄る界隈なんぞ寄り付かんちゅうことか」
「それはワシのこともか」
「そうではない。ただ――ん? 月館。なんだその荷物は」
「おお聞いてくれ、日嗣の。こやつ、また自作の香水を売っとったんじゃ」
「……仮にも、開拓者の一柱なのだから、そんなことはしてほしくないな」
「市民の実情を知るには、高いところから見下ろすだけではいかんのじゃよ。わけのわからん余所者がおったこともわかったしの」
「ほお。本土にはまだ、この町を食い物にしようとしてるものがおるか」
「火神に報告しておこう」
「しっかし、今の子供は根性なしと言われとるが、なかなか骨のある娘っこがおった」
「ふむ、おぬしもか。ワシも親切な子に会うたわい」
「私もだ。なかなか捨てたものではないな、子供たちも」
「それでは」
「我が街の希望ある未来のために」
「始めようか」
"The three wise men"closed.

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