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Present for you
最初に変だと気付くべきだったんだ。 いや、最初から分かっているべきだったんだ。 あいつら――特に、アイツのことを考えたら、忘れるべきじゃあなかったんだ。 けど――忘れちまったんだ… 「おふぁよぉ」 「おはようございましゅぅるるる」 「おはよう」 「おはよ、パーパ」 「おはようございます」 「………」 「おはよー!」 寝ぼけ眼の俺を、六種の挨拶が迎える。 いつもと変わらない朝。 俺は食卓につき―― 「はああ!?」 立ち上がった。 「パーパ、どうした?」 カーチャが聞いてくるが、そんなことに俺は構っていられなかった。 そ、そんな……ありえない……そんな馬鹿な……! 「な、なあ。誰でもいい。教えてくれ。これは現実か? それとも夢か? 頼む、教えてゲフゥ!!」 「痛いか? 父さん」 「……あ、ああ……」 「なら現実だ」 「そうか……」 くぅ、華苑のヤツ、朝から鳩尾はないだろ鳩尾は。 いや、だがしかし…… 「もう一つ、聞いていいか?」 「お父様、どうしたのですか?」 「――なんで水葉がここにいる?」 『え?』 四種の声が重なり、食卓の一点に視線が集まる。 その視線の先にいる少女はというと…… 「ほぇ?」 のんきに漬物を食っていた。 「どしたの? みんな。あたしの顔に、何かついてる?」 空いた左手で頬を撫でる水葉に、俺は言った。 「水葉……今日は早起きだな」 「うん、あたしだってたまには早起きするよー」 「そ、そうか……」 頷くが、にわかには信じられなかった。 何しろ水葉の寝起きの悪さといったら、恐らくは某従兄弟に比肩する。当然我が家には部屋を埋め尽くすほどの目覚まし時計など買う余裕はないので、当番制で水葉を起こす役を持ち回りしているのだが、その役目に使う労力は並大抵のものではない。 『水葉を起こすのなら、遅刻を覚悟しろ』 これが我が家の鉄則の一つだった。 「今日はねー、なんだか自然に起きられたんだぁ。なんでかな?」 「何でかな?って……」 「水葉、あんた気付いてないの?」 卓を挟んで水葉の反対に座る音葉が聞く。 あれ? そういやさっき、水葉が起きているって気付いたときに、こいつだけ驚かなかったような…… 「んにゅ? なんかあったっけ?」 「……なんでもないわ」 溜息一つついて、音葉は食事を続けた。 そして、窓の外をちらりと見て、つぶやく。 「……最低」 今日は、あいにくの雨模様であった。 「いってきまーす!」 「いってらっさーい」 傘を持って元気に登校する娘たちを見送り、俺は廊下を歩き始めた。 と―― がちゃ―― 「ん?」 玄関を見ると、そこには音葉が立っていた。 「どした? 忘れ物か?」 「え、ええ……」 そう言って音葉は、二階に上がっていった。 「早くしろよー」 「うるさいわね!」 いつもながら、とげとげした口調で返される。 何様のつもりだ。俺は父親だぞ?(本当は違うけど) とんとんとん、と早足で音葉が降りてくる。 無言で前を通り過ぎるが、俺は何も言わない。いつものことだからだ。 他の娘たちは多少なりともなついてくれてるのに、なんでコイツだけ…… 「ねえ」 「あん?」 音葉は玄関のノブに手をかけながら言ってきた。 「今日……天気悪いわね」 「……そう、だな」 珍しいな。あいつが向こうから声をかけてくるなんて。 「それが?」 「………」 だが、答えないまま、音葉は外に出て行った。 「……なんなんだ?」 答えを返してくるべき人間はもはやいなかったが、俺はそうつぶやいた。 「今日の講義、これにてしゅーりょー!」 講義室を出た俺は、いきおいよく伸びをした。 どうも忘れられがちなんだが、俺は無職でもなければ就職しているわけでもない。学生なのだ。 だってほら、電撃萌王vol0でも、『大学生ぐらい』とか書かれているし。 学生にして子持ち……すげえなあ。兄貴にも困ったもんだぜ。 「さて、今日の予定は……」 手帳をめくる。携帯に書きこむこともできるが、こっちのほうが便利だったりする。 「……ん?」 今日のところに、かすれた跡がある。どうやら、11日の予定を修正したときに、一緒に消してしまってそのままにしたらしい。 「なんだ……?」 よくわからん。なんて書いてあったんだ…? 「必殺、上から薄くこすって昔書いた後がよく分かるようになる術!!」 手帳の背から鉛筆を取り出し、俺は注意深く紙面をこすった。こういうのは慎重さが大事だ。 「……音…葉…水……葉……バー……ス」 あ――そうか。 「パパ遅いねー」 「どうせ女の尻でも追いかけているんだろう」 「か、華苑? パパってそういうタイプじゃないと思うけど……」 「言ってみたかっただけだ。本気じゃないさ」 「そ、そうなんだ。あはは」 苦笑いを浮かべた綾那の視界の端に、ソファに寝転がった音葉の姿が入る。 「……音葉、大丈夫?」 「――え?」 「えっと、元気ないみたいだから」 「そ、そんなことないわよ?」 叫ぶように言って、音葉は立ち上がって階段に向かった。 「宿題してくるわ」 「う、うん」 元気のない足音が遠ざかり、扉が閉まる音と、リビングに水葉がいないことを確認してから、綾那は華苑に話しかけた。 「ねぇ、華苑」 「ん?」 「パパが気付いてなかったら、どうする?」 「そのときはそのときだ。全員に好きなものを買わせる」 「えー? じゃあ、忘れてたほうがいいなっ。ボクはイチゴタルトにしよ」 「私はうさぎのぬい――いや、なんでもない」 「え? いらないの?」 「トイレットペーパーが切れていたからな、それを買ってこさせよう」 「……本気じゃないよね」 「どうかな」 口元に笑みを浮かべる華苑。 「ただいまー」 「あ、お帰りなさい」 一家の主である青年は、キッチンに顔だけを出すという格好で、 「音葉と水葉は?」 「二人とも上だと思うけど」 「そっか……あの、これ」 そういって彼は、四角い箱を差し出してきた。 「冷蔵庫に入れといて」 「あ、うん」 綾那がそれを、彼は二階に上がっていった。 ケーキ屋の箱を持って振り返ると、華苑がふっと笑った。 「私たちで買わないで、良かったな」 「おっとっは〜、いるか?」 「……何よ?」 不機嫌そうな面で、音葉が戸を開ける。俺は、後ろ手に持った包みを弄びながら、 「あのさ、えっとだな」 「用がないなら行ってよ。あたしはまだ、あんたを父親と認めてないんだから」 かちん。 「そーかよ」 「ええ、そうよ」 「じゃあ、このプレゼントはいらないんだな」 「……え?」 目を見開く音葉に、俺は包みを渡した。 「これ。今日、誕生日だろ? お前と水葉」 「………」 「何選んだらいいかわからんかったから、適当に選んだぞ。服だ。サイズは多分あってる」 前に買い物行ったときに知ったのを覚えていたからよかったものだが。 「……あたしに?」 「お前以外に誰がいる。――水葉がいるけど、あいつには別のものだ」 「………」 「ほれ。いるのかいらんのか、どっちやねん――っと」 ばしっと音葉は包みを奪い取り、部屋に飛び込んだ。 「お、おい」 ばしん、と扉が閉まる。 「……あんたからもらったからじゃないから」 「え?」 「アンタからのプレゼントだから、受け取るんじゃないわよ! そろそろ新しい服が欲しいと思ってたの! だからもらうの!」 「……へいへい」 「わかったら、さっさと水葉のところにでも行ったらどう!?」 「……わあったよ」 苦笑を浮かべて、俺はその場を辞した。 「……ったく、素直に感謝できないもんかね、アイツは」 そして誕生日使用の食卓で。 「あ、そうか。誕生日だったんだー。あたし、すっかり忘れてた」 「………」 「やっぱりね……」 音葉が嘆息混じりにスープをすくう。 ま、水葉らしいっちゃあ、らしいわな。 "Present for you"closed.
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