みんなで家族
(……あ? もう、朝か?)
 寝ぼけながらも自然と自覚し、俺はむくり、と上半身を起こした。
 と、服の袖を引っ張られた。見ると、カーチャが眠りながら、俺の服の袖をつかんでいる。
 あたりを見回す。
 がらん、となったリビングにはソファとテーブルだけが置かれていて、生活感がまるでない。
 しかし、
「んん……」
 ソファの上で眠っている香澄が身じろぎした。毛布の上にジャケットをかぶせられ、大事な宝石のように守られている。
 じゅうたんの上では綾那、水葉、音葉がだらしなく寝こけていた。音葉は俺のももを枕代わりにして、その音葉の腕とももを綾那と水葉が占領している。
 香澄の眠っているソファにもたれるように、座りながら華苑が寝息を立てていた。すーすーと規則正しい呼吸音が、彼女らしい。
「そうか……」
 そっと、カーチャの頭を撫でてつぶやく。
「みんな、帰ってきたんだな」


 昨日、住み慣れた屋敷を出て行こうとした俺の前に、それぞれの母親たちの元に帰ったはずの、六人の娘たちが現れた。
 2年前と同じ言葉を俺に投げかけて……
 当然、俺は拒否なんてしなかった。
 喉が詰まって、言葉が上手く出てこなかった俺に――
 みんなは優しく、駆け寄ってくれたんだから。


 みんなを起こさないように屋敷を出て、郵便受けを漁ると、一通の手紙が入っていた。
 差出人は――案の定、兄貴だった。

『よお! 我が弟よ。元気かな!?』

 相変わらずハイテンションな導入にはいい加減馴れもしたが、中心にいながら今回の事件に全く関わってこなかった人間のかいた言葉だと思うと、いい加減ムカツいてくる。
 しかし、手紙の内容は、今回の事件について書かれていた。
 母親たちの画策と、それによる影利たちの偵察、そしてカーチャたちが家に戻ったことについては――自分に全て責任があると。
 そして、決して影利たちを責めないでくれ、と。
 それについては俺も同意権だった。
 弟の俺が一番知っているように、兄貴は本当に奔放な人間だった。一言で言えば、ひとところに留まらない人間で、いつでも地に足がついていなく、それでいて人に確信を持たせる人間だった。
 それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。ただ、兄貴の九人の娘たちにとっては悪いことでもあったのだろう。
 何故、兄貴がカーチャたちを俺に預け、影利たち三人はそれぞれの母親のところに残したのかはわからない。
 だが、これだけは言える。カーチャたちは俺を好いてくれているが、影利たちではそうではない。見る限り、彼女たちは常に父親という存在がかけていて、それが悪いことのように母親たちに教えられてきたのだろう。だからといってその母親たちが悪いわけではない。悪いのは兄貴だ。
 あのとき、涼歌は繭が悲しんできたことを話した。それは涼歌本人や影利にとっての気持ちでもあったに違いない。
 彼女たちは孤独だった。本来、あるべき家族を――父親と姉妹の両方を失い、ずっと、一人で――

 手紙を読み続けていくと、事件に対する反省が終わっていった。
『影利たちは本当に悪くない。むしろ、あいつらも助けを求めていたんだと思う。
 だから、もしあいつらが頼ってきたときがあったら、助けてやってほしい。
 ま、あいつらの頼みを断るようなやつじゃないと、俺はお前を見込んでいるよ。』
 それはそうだ。確かに影利たちはひどいことを俺に言った。
 だがそれは、ずっと悲しんできたことのせいだったり、姉妹を助けたいと思う気持ちからだったんだから。
「影利、涼歌、繭……お前たちが帰ってきたかったら、いますぐ帰ってきてもいいんだぞ」
 たとえ、それが傲慢な考えだったとしても。

「ん?」
 二枚つづりの手紙の、二枚目を見る。
「裏に、何か……」
 裏返す。
「な、にいいいいいいいいいいいいいいい!?」
 俺は、おもわず大声を上げていた。
 だって、そこには――

「何? どうしたの?」
「朝っぱらから大声出してるんじゃないわよ!」
「みゅ、ねむい〜」
「パーパ、どした?」
「まったく、私たちのいない間にそんな奇癖がついていたのか?」
「お父様、私たちは帰ってきました。だから――」

 屋敷から出てくる娘たちに振り返り、手紙を差し出す。
『?』
 疑問の顔。
 そして、
『ええええええええええええええええええええええええ!?』
 娘たちは大声で叫び声を上げた。
 そこには――

『つーわけで、俺の大切な三つの宝をお前に預ける・・・・・・・・・・・・・・・・。』


 恐る恐る振り返ると。
 そこには。

「やっほー、とーさま!」
「香澄がそこにいたいというのなら仕方ありません。しかし、私には、香澄を守る義務があります」
「…………ふん」

「あ、あんたたち、今更何しに来たのよ!」
「ボクたちは、ずっとパパのところにいるんだからね!」
 声を張り上げる香澄と綾那に、涼歌と繭が顔を曇らせる。
「あんたからも何か言ってやってよ!」
「音葉、やめろ」
 名前を呼ぶと、音葉はびくっとこっちを見た。
 大丈夫、という笑顔を見せて、俺は影利たちに近付く。
「お前たち……」
 姉妹に怒鳴られて勢いをそがれたようだったが、涼歌は俺をキッと睨んだ。
 だが、そんな涼歌の眼前に、影利が手をかざす。
「影利……」
「涼歌。私たちは争いに来たんじゃない」
 そう言い、影利は俺を見た。
「久しぶりだな」
「……ああ」
「……あなたは」
 唐突に、影利は喋り始めた。
「あなたは最低な人間だった。愚かで、お調子者で、自分の『娘』の病状にすら気付かないダメな人間だと、私たちは思った。そして、姉さんたちはここにいたら不幸になると思った。
 だが、姉さんは家に帰ってきても、決して幸せそうじゃなかった。笑おうとしなかった。いや、笑みを浮かべることはあっても、それは偽物だった。母さんはそれに気付かなかったようだが、私はごまかせなかった。
 何が姉さんを悲しませるのか。何が妹を悲しませるのか、わからなかった。
 父親失格であるあなたに、何かあるのか」
「…………」
「姉さんを幸せにするために、姉さんを連れ戻したはずなのに、これでは失敗だ。
 何があるから幸せなのか。何がないからあんな顔を見せるのか。答えは一つしか思い当たらなかった」
「けれど、その答えには納得がいきませんでした」
 涼歌が一歩前に出る。
「あなたのような人間が、香澄を幸せにするなど、とうてい考えられません。ですが、あなた以外に香澄に笑みを戻してあげることも出来そうにありません。
 あなたに何があるのか、私たちはそれを見極めにきました。
 最低なあなたの、どこが香澄たちを幸せにしているのか。あなたに、父親である『何か』があるのかを」
「てゆうか、いやなんだよ。うんうん」
 繭が頭をかきながら笑う。
「水葉も音葉も、ぜんぜん笑わないの。まえはずっと笑ってたのに。だから、ここに帰ってくれば、笑ってくれるかなって」
「というわけだ。私たちは決して、まだあなたを父親と認めていない。だが、以前のような方法では見つからなかった何かがある可能性がある……だから、こうして来たんだ。
 わかっているのは唯一つ――うちじゃなく、“ここ”にいるとき、姉さんたちは笑っていたから」
 徹頭徹尾憎まれ口を叩く影利。
 俺は振り返って、娘たちに言った。
「どうする?」
「まったく、素直じゃないな」
「そうなの?」
「きっと、お父さんといっしょにいたいんだよぉ」
「あら、では音葉さんと一緒ですね」
「な、なんでよ!?」
「みんな、いっしょにいる」
 そういうわけで。
「満場一致」
「そうか」
 ふっと安堵の溜め息をつく影利。けっこう緊張していたのかもな。
「ならばまた厄介になる。失礼する、お父上・・・
お父様・・・
とーさま・・・・っ」
 だが、俺は三人に言った。
「違うな。三人とも」
『?』
 ここは、お前たちの家だ。だから――

「おかえり、三人とも」

Present Pretty After's Prologue "Our Family"closed.

Back