四葉ちゃんと幽霊の指輪
「ちぇ〜き〜……」
 うなだれながら机に突っ伏す様は、まるで枯れたウツボカズラのよう。虫でも食べて反省しなさい。
「そんなこと言われても、四葉、レインは苦手なのデス〜」
 台風が近づいていたのだから仕方がない。最早去ったとは言っても、レッツ梅雨前線が迫っているのだよシスター。
「英吉利にはそんなものはなかったデス! イッツ・フラウド!」
 そんなこと言われてもねえ。いいから外に出て見なさいよ。いいことがあるかもよ。
「わかったデス。四葉帰るデス……」
 それはよかった。話が始まらないからね。
「じゃあ、チェキようならデス……ところで」
 ん?
「キミは誰なんデス?」


「レインは嫌い、嫌いはレイン……」
 とぼとぼと歩きながら、四葉は家路についていた。
 ここのところ、天気がはっきりしないことが、四葉の感性をすっかりダメにしていた。
 梅雨というものがあることは知っていたが、こんなに鬱陶しいものだとは知らなかった。
「今日は四葉の誕生日なのに……最悪デス」
 家に帰ればさわやかな風(クーラー)が待っている。だが、どうしても足取りは重かった。
「傘は四葉に合わないデス……」
 ばたばたと傘を打つ雨粒に、四葉の心もデンプシーロールを食らっているようであった。
「……ん?」
 河原に差し掛かったところで、四葉は奇異なものを見た。
 女性だった。年のころ、二十歳は越えているだろうか。肩までで切りそろえた髪に、真っ黒のワンピース。まるで葬式の帰りのような格好だ。
 そんな女性が、雨に打たれている。傘も差さずに、じっと河原に立って、足元の芝をじっと見ている。
「あの、どうしたデスか?」
 四葉は近づきながら声をかけた。女性が振り返る。
「チェキぃ!」
「……何?」
 ぼそっと言われ、
「な、なんでもないデス! あはは!」
 笑って誤魔化し、四葉は心臓のあたりを撫でた。
 女性の顔は、まるで幽鬼のように痩せこけていたから、つい吃驚してしまった。目はぎょろりとしていて、御伽噺の黒いアニスのようだ。
「あの、何してるのデスか?」
「……探しものよ」
「あ、そうなのデスか。よかったら、一緒に四葉も探すデス」
「……そう?」
 見上げているのは四葉なのに、まるで恨むように見上げられているような感覚がしてくる。
「本当デス!」
「……でも、いいのよ」
「え?」
 見ると、女性はにやりとしか表現できない笑みを浮かべていた。ぞっとした。
「あなたのものを貸してくれればいいから……」
「四葉のもの……?」
「ええ……」
 がしっと、右手で左腕をつかまれる。万力のように強い。
「いたっ、痛いデス!」
「手伝ってくれるんでしょう……?」
「手伝うデスけど……離してくれないと、見つけられないデス!」
「だから、あなたの指を貸してくれればいいの……」
「えっ?」
 女性が、左手を掲げる。
「私の、無くなった薬指の代わりにね」
 その、薬指のない左手を。
「ちぇ、チェキ!?」
「あなたの指、貸して……」
 指の足りない左手が、四葉の左手――の、薬指に近づく。
 四葉は背中に走る寒気から逃れるように暴れた。
「だ、ダメデス! 探偵に大事なのは一に洞察眼、二に指、三に話術、四に体力、五に警察と戦う度胸なのデス!」
「って言われてもねぇ……私は指がないと……」
「四葉だって指がいるデス! ……そうデス!」
 四葉は女性の顔を覗きこんで叫んだ。
「四葉がその指、さがしてあげるデス!」
「え?」
 女性の大きな目が、さらに開かれる。
「四葉は名探偵なのデス! 指の一本や二本、あっという間に見つけちゃうデス!」
 女性はしばらく思案したようだった。そして、
「……いいわ。でも、見つけられなかったら、あなたの指をもらうわ……」
「そんなことにはならないのデス! 四葉は名探偵なのデスから!」
 どんと胸を叩いて、四葉は宣言した。
「それじゃ、手を離してクダサイ。これじゃ、上手に探せないデス」
「……そんなこと言って、逃げるつもりでしょう……」
 ぼそっと言う女性に、四葉は憤慨して、
「そんなことないデス! 四葉は嘘なんかついたことないし、約束を破ったこともないデス!!」
「じゃあ、あなたの大切なものを預からせてもらうわ……」
「大切なもの?」
「何か持ってるかしら……?」
「じゃあ、四葉のカバンを貸すデス。兄チャマの写真やテキストが入ってるから、とっても大事なものなのデス」
「まあ、いいわ……」
「じゃあ、コウショウセイリツデス!」
 女性が手を離すと、四葉はカバンを下ろして、女性に渡した。
「それじゃ、さっそく探すデス……それから、はい!」
「え?」
 四葉が傘を差し出すと、女性は目を丸くした。
「そのままじゃ風邪をひいちゃうデス。四葉はいいから、お姉さんどうぞ」
「……ありがとう」
 女性が傘を受け取ると同時に、四葉は地面にはいつくばった。
「それじゃさっそく探すデス! このあたりで落としたんデスか?」
「ええ……」
 そうして、四葉は虫眼鏡を取り出して、河原を歩き始めた。

「見つからないデス〜」
 地面から顔を離して、四葉は、ん〜っと伸びをした。
 もはやあたりは薄暗いを通り越して、夜に差し掛かろうとしていた。日が長くなってきたのに暗くなるとは、結構な時間探していたはずだが……
「どこに行ったんでしょうね、お姉さんの指」
 そもそも場所が広大すぎる。ここで一本の指を見つける事に比べたら、姉の体重を調べるなんて朝飯前のように思えてきた。
「……チェキ?」
 突然、額を打っていた雨がやんだ。見上げると、女性が傘を差していてくれた。
「……風邪、ひいちゃうわよ」
「だぁいじょうぶデス! 四葉は元気な子だから、風邪なんて…ファ…ふぁ…っくしゅん!」
 鼻水も出ない小さなくしゃみだが、女性はハンカチを差し出してきた。
「……使いなさい……」
「――ありがとデス!」
 ハンカチは濡れていたが、それでも四葉は鼻を拭いて、ハンカチを女性に返した。
「それじゃ、捜査再開デス! もうちょっとで見つかる気がするデスから、待っててクダサイ」
 再び地面にはいつくばる四葉に、女性はずっと、傘を差しつづけた。

 再開からしばらくして、四葉は女性に聞いた。
「そんなに大事な指なんデスか?」
 言ってから、間の抜けた質問だと思う。指がなくて困らない人間などいない。
「ええ……でも、大事なのは指よりも、指輪ね」
「指輪がついてたんデスか?」
「ええ、大事な指輪……誕生日にね、買ってもらったの、大事な人に……」
「なら、なおさら見つけないといけないデスね!」
「ええ……」
 しばしの沈黙。
「あなた、変な人ね」
「そうデスか?」
「普通なら、私を見たとたん逃げ出したり、気絶したりするものよ。どっちもしないばかりか、指を探してくれると言って……見つからないのに、あきらめないで……」
「それが変デスか?」
「変よ」
「四葉は困ってる人を放って置けないだけデス。それに、名探偵はいつだって、困ってる人の味方なのデス」
「………」
「それに、名探偵は、最後まで依頼人を見捨てずに、ちゃんと依頼をこなすんデス。だからお姉さん、心配しなくていいデスよ」
 そして、また沈黙。
 ただ、十分ばかり続いただろうか。四葉は地面を這い進み、女性はそれについてきてくれる。
 そして、女性がぽつりと言った。
「もう、いいわ」
「え? なんて言ったデスか?」
 四葉は立ちあがって、女性の顔を見た。諦観の混じった顔で、女性は言う。
「もう、いいの。帰っていいわ。あとは自分で見つけるから――」
「ダメデス!!」
 思わず四葉は叫んでいた。
「お姉さんは、嘘をついてるデス! あきらめてる顔をしてるデス! 四葉は絶対に帰りません!!」
「いいの、いいのよ、もう……」
「いいわけないデス! 指輪だって、見つけてくれないのは悲しいデス!」
「指輪が、悲しい?」
「そうデス! きっと指輪だって、お姉さんの指に帰りたがってるデス!」
「帰り、たがっ、て……」
「だから、あきらめちゃダメデス!」
 叫び、四葉は周囲を見回した。
 絶対に見つかる。指輪は彼女の元に帰ってくるのだ――
「チェキ!?」
 何かが光った。河原沿いの歩道に植えられた街路樹。その枝の中で、何かがきらりと光った。
「もしかして……」
 ぬかるむ足元にすべりそうになりながら、四葉は街路樹に走った。
 濡れる街路樹にしがみつく。
「ちょっと、あなた!?」
 女性が叫ぶが、四葉は答えずに木に登った。何度も滑り落ちそうになりながら、枝をつかみ、上を目指す。
 そして、見た。
 直径三十センチほどの鳥の巣の中に、白い棒に貫かれた指輪があった。
 そして、大きなカラスを。
「あなたを、犯人デス!」
「グァア!!」
 鳴くカラスにゴメンと祈り、四葉は虫眼鏡を振るった。
「必殺! マグニフィング・グラス・アタック!!」
 カラスの頭をぶったたき、四葉は骨ごと指輪をつかんだ。
「ゲットデス!」
 首だけ振り返り、女性に叫ぶ。
「見つかったデス! お姉さんの指輪!」
「本当に……?」
 女性が呆然とつぶやく。
「本当デス! 今そっちに――きゃっ!」
 つるっと、うろに引っ掛けた靴がすべる。つかんでいた枝が折れ、四葉の体は自由落下を始める。
「だめ!」
 その叫びを聞いて、四葉の意識は数秒ホワイトアウトした。
「ん、ん……」
「ちょっと、大丈夫!?」
 気がつけば、四葉は女性の腕に抱かれていた。
「あ、お姉さん……助けてくれたデスか?」
「……え、ええ……」
 何故か顔を逸らす女性の上から降りて、四葉は女性に指輪を差し出した。
「お姉さん、約束の指輪デス」
 女性が指輪を受け取る。その手は震えていて、顔もなにかが抜けたような雰囲気があった。
「あ、あ、あ……」
 そっと、だが強く、大粒の涙を流しながら、女性は自分の骨と指輪を抱きしめた。
「やっと、やっと……逢えた……あなた……」
 四葉はそれを見下ろして、満面の笑みを浮かべた。
「よかったデスね、お姉さん」
「ええ……ほんとうに……ありがとう……」
 小さく首を縦に振る女性。
 と、
「おーい、四葉!」
 呼ばれ、振り返る。歩道の川下のほうから、兄が手を振っていた。
「兄チャマ!」
 駆けだし、四葉は兄に飛びついた。
「っと――六時になっても帰ってこないから、心配してたんだぞ?」
「ごめんなさいデス。実は四葉、あのお姉さんに頼まれて――」
 振り返る。だが、
「チェキ!?」
「お姉さんって、誰かいるのか?」
 いなかった。街路樹の根元にも、どこにも。
「あれ? どこ行ったんデショウ?」
「あれ、四葉の荷物じゃないのか?」
 兄が指差す先には、四葉のカバンと傘が転がっていた。兄が、取ってきてやるよ、と言って駆けだし、そして戻ってくる。
「四葉、これおかしいぞ?」
「何がデスか?」
「だって、濡れてないもん」
 差し出されたカバンを触ると、確かに濡れていない。
 おかしい。傘があったとはいえ、あの雨で――
「あー、雨がやんでるデス!」
「え? あ、そういや……」
 二人して空を見上げると、雨どころか、太陽さえ顔を出して、茜色の夕焼けを呈していた。
「おっかしいなあ。雨やむなんて、予報じゃなかったのに……」
 訝しげな声を上げてから、兄が傘を指差した。
「おりょ? 四葉、なにそれ」
「え?」
 兄の指差した先には、傘の皮ひもがあった。
 そして、そこには指輪が縛り付けてあった。
「……これって……」
「そんなのついてたか、それ」
 首を傾げる兄に、四葉は振り返った。
「くふふ、これはですね、兄チャマ――」
 指を立て、自慢気に、
「四葉の、初めての依頼料なのデス!」
 さわやかな風が吹き始めた河原で、そう、四葉は笑った。
"The ring of ghost"closed.

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