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Phantom thief's obligation〜彼と彼女の出逢い・四葉編〜
タタタタタタッ―― 暗闇の回廊を、一つの影が走りぬける。 その姿は漆黒。顔を覆うは仮面。 そのあとに、影の優雅さとはかけ離れた複数の足音が迫り来ていた。 影は神速の足で夜を駆け抜けると、一分もしないうちに館の屋根へと登りつめた。 そこで影を待ち受けていたのは、総勢五十名に上る警備員たちだった。 「ふふっふふっふ〜ん」 妙なアクセントで笑い、警備員の間からスーツ姿の男が現れる。 「どうだ、怪盗ブルーダー・プリンツ。これだけの警備員。屋根の上に配置させることを説得するのは一苦労だったぞ」 「それはそれは。たかだか一人の泥棒を捕まえるため、幾らお払いになったのですか?」 「ふん、お前が盗み出そうとしたブルー・ブルー・アイスに比べれば、安いもの……といいたいところだが、来月から小遣いが少し厳しいことになるのだ」 「恐妻家という噂は本当ですか」 「そうだ。これで貴様を逃したら、就寝前のワインも駄目と言われた。さあ、お縄につけ!」 男の声とともに警備員が日本刀を構える。 だが、怪盗と呼ばれた影はすました顔で答えた。 「私としては、そのほうがよろしいかと思いますよ。アルコールの取りすぎは体に毒ですからね」 「若造に何がわかる。さあケービーンズよ、ヤツを捕まえろ!」 『キー!!』 警備員たちが一斉に叫び、影に襲い掛かる。 だが、その刃が交錯する前に、影は数メートル上に飛び上がり、そのまま空中にとどまった。 「なぁっ!?」 スーツの男が悲鳴を上げる。影は優雅に仮面を撫で、 「悪いとは思いますが、これもあなたの罪を暴くため。私はここでは死にません」 「な、な、な……」 「それでは、Gute Nacht」 影が礼をすると同時に、影を中心に煙幕が吹き出る。 その煙が晴れたとき、そこに影はいなかった。 「おいおいおい、見たか 話しかけてくる級友を睨みつつ、俺はそいつが持つスポーツ新聞に目をやった。 「現代に蘇った怪盗ブルーダー・プリンツ! 狙った獲物は逃がさない、一度も捕まったことはない、おまけに狙われたヤツはあくどい事をしてる! まさしく現代のヒーロー! そうじゃないか?」 「うるさい、寝かせろー」 「何だよー、侘真お前、ブルーダーのことには無関心なんだな」 「お前ほどには誰もないってふぁ〜〜」 語尾にあくびが混じるのを、俺は抑えられなかった。 「何だよ、お前また眠そうだな」 「いろいろとあるんだよ」 「ふっふっふ、俺は知っているぞ。お前が眠いわけを」 思わずギクリとする。 「な、何を?」 「お前が眠いわけ、それは――」 「それは?」 「ブルーダーを捕まえようって、でかけてるんだろ!」 「んなわけないだろ」 無関心に聞こえるように言いながら、内心胸をなでおろす。 「じゃなきゃ何だよ? 彼女か? サタデーナイトフィーバーなのか!?」 「いや、思い切り日曜だぞ、昨日」 「なるほど。サタデーナイトフィーバーが暴走し、ウィークエンドフィーバーになったと」 「勝手に言ってろ」 付き合いきれず、俺は机に突っ伏した。 「何だよ! 真面目に言ってるんだぞ!」 「なお悪い」 「じゃじゃじゃじゃじゃ! こういうのはどうだ? 実はお前がブルーダーだ。どうだ!」 「それこそ違う。大体ブルーダーは成人だろ?」 「うん、俺もわかってて言った」 今度こそ俺は、眠りの世界へ旅立った。 俺こと 素行は悪くない。酒も煙草もやらない。授業は真面目にとは言いがたいが、とりあえず出席だけはしている。 友人関係も良好だ。同じ学校に通う従兄弟たちも含め、みんないいヤツばかり。一人悪いヤツがいたが、まあ解決したっぽい。 そんな普通の俺にも、やっぱりヒミツはあるもので―― 「ブルーダー・プリンツっと」 ささっと書き終え、俺は肩を回した。 「ふーい、つっかれたぁ」 蛍光灯に照らされた室内には、俺のほかに誰もいない。というのも、家族はここにいない。 「だからこそ、こんなことが出来るんだけどな」 ゴム手袋に包まれた手で便箋を封筒にしまい、糊付けする。 その差出人の名前には、『Bruder Prinz』と書かれている。 そう、何を隠そう、世を騒がす怪盗ブルーダー・プリンツとは俺のことなのだ。 絶対無敵の怪盗が、まさか一高校生だとは誰も気付くまい。 とはいえ、俺は金儲けのために絵画を盗んでいるわけでも、親から受け継いだ義務のために骨董品を盗んでいるわけでも、はたまた謎の力を秘めた宝石を手に入れるために盗んでいるわけでもない。 理由は二つ。一つは、俺が退屈しているから。もう一つは、悪に罰を与えたいから。 俺の悪の定義は、他人に必要以上の迷惑をかけること。人は生きている限り、他の存在に迷惑をかける。なら余計な迷惑はかけないでもいい。なのに人を傷つけたり、騙したり、奪い取ったりするヤツがいる。そういったヤツを、俺は悪と呼ぶ。 悪を倒すのは法律だ。だが、法律やそれを執行する警察は万能じゃない。だから俺は、少しでもその助けになれればと思う。 傲慢だし、偽善かもしれない。 結局俺は、自分自身が我慢できないから、ブルーダー・プリンツの名を被り続けるのだ。 幸いか否か、俺にはそれだけに手腕があった。だから、俺は彼らの誘いに乗った。 俺たちの大切なものを傷つけるであろうすべてに、罪の刻印と罰の鉄槌を。 それが俺たち、ブルーダー・プリンツの誓いだった。 「よほー」 「よっ」 「やっ」 「む」 弁当箱を持った俺の姿に、その場にいる全員が頷く。 学校の屋上で俺を待っていたのは、従兄弟の 「いっつもながら豪勢だよな、侘真の弁当」 「可憐はお菓子しか作れないからなぁ……弁当はなぁ……」 「安心しろ。鈴凛はカツサンドと激辛中華しか作れん」 何だかんだいいながらも弁当をつつく俺たち。 怪盗と言っても普通の高校生。一人暮らしである俺は料理は大の得意だった。 「沙真は白雪ちゃんがいるしなぁ」 「なぁ?」 そんなことを話しながら、弁当は次第に空になっていった。 「ごっそさん」 「おいしかったぜ、侘真」 「今日は幾らだ?」 「んー、四百円でいいかな」 言うと、みんな財布の中から小銭を出して、俺に手渡してきた。一人暮らしの俺にとって、四人分の弁当を作るのは、文字通りただ事ではない。 「で、手紙は出したのか?」 勲の言葉に俺は頷いた。 「今度はかなり警備がついてると思うぜ。なんせヤクザだ」 友雅はうんうん、と頷きながら言った。 こんなことを言うってことは、つまりこいつらもブルーダー・プリンツである。 ブルーダー・プリンツは個人名でもあり、またチームの名前でもあるのだ。 「日は四日後。六月二十一日だ」 静かな声で希が言う。こいつは怪盗というよりも、むしろ剣士か暗殺者といった雰囲気だ。 「 勲の言葉に、三人が頷く。 勲はいわばリーダーだ。こいつがブルーダー・プリンツの考えを希や友雅に話し、すべては始まった。 俺たちは大切なものに危険が及ばなくなるために、ブルーダー・プリンツをやっている。 その大切なものは不思議なことに共通していた。俺も、今は傍にいないが、彼女がそうであることは間違いない。 「おい」 話しかけられ、俺たちは顔を上げた。 そこには、従兄弟の義弥が立っていた。校内でも札付きの不良だったが、今は丸くなったらしい。 「侘真」 「なに?」 「お前の妹が帰国するってよ」 「え?」 一瞬、言葉を疑った。 「四日後だそうだ。待ち合わせは駅前、午後六時。名前は四葉。向こうは顔を知ってるし、お前は昔会ったことがあるだろうって。以上」 口早に言って、義弥は踵を返した。 「……それ、誰からの伝言だよ」 「じじいだ。ったく、何なんだ。俺はパシリじゃねえぞ」 苛立ちからか屋上入り口の扉を蹴って、義弥は校舎へと降りていった。 「……何なのかよくわからんが、おめでとう、侘真。これでお前も、俺たちの仲間入りだ」 一張のそんな言葉が、俺の耳を震わせた。 ブルーダー・プリンツの他のメンバーに漏れず、俺には妹がいる。 だが、彼らと違うところは、俺と妹は遠く離れた状況にあることだ。 北海道と沖縄なんて目じゃない。彼女は英国にいた。 理由はわからんがそういうことで、俺自身もまだガキだったことに一度会ったきりの相手だった。 やがて二人を繋いでいた両親は死に、俺はこっちで、彼女は向こうで暮らしていた。 いつか会える日が来るだろうとは思っていたが、まさか今とは思わなかった。 「――ってマズいじゃん!」 翌日俺は屋上で叫んだ。 メンバーは、勲、希、友雅に加え、威が加わっている。 「二十一日は決行日だ。そんな日にわざわざ来るなんて……」 「アクシデントはつきものだ。落ち着け」 勲が言うが、落ち着いてなんかいられない。 久しぶりに妹に会える歓びと、明々後日に迫った計画とかぶった焦りが、俺を慌てさせていた。 「一番いいのは、誰かと代わる事だろうな」 「けど、誰が出来る? 侘真がいるから怪盗を始めたんだぞ」 威の言葉に全員が黙る。 元々ブルーダー・プリンツは泥棒集団ではなく自警団のような存在だ。守るのは妹ではあるが、それはあくまで高校生が出来る範囲のことしかやってこなかった。 それが、俺が入ったことで変わった。出来ることが増え、その結果が――怪盗だった。 「手紙は?」 「もうついてるな。警備員の増加まで始めちまってる」 「キャンセルは不可、か」 友雅が溜め息をつく。 怪盗としての俺たちの目的が、単なる愉快犯ならキャンセルも問題ないだろう。 だが、俺たちの目的は、犯罪の抑止だ。 もし悪事を働いていたら、俺たちの手で罰を与える。いわば警察かヒーローの役目だ。 そのヒーローであるところの俺たちがドタキャンなどしたら、俺たちが築き上げた今までの実績がふいになる恐れがある。 「希だって限界があるしなぁ」 「すまん」 あまり謝っていない感じで希が謝る。 不良相手に渡り合っていただけあって、皆そこそこの実力を持っているが、希は別格だ。 俺たちの役割は決まっている。勲が司令塔、希が戦闘要員、友雅が参謀、威が情報収集、俺が潜入役兼怪盗である。 だが、いかな希とてヤクザ相手にしのげるはずがない。怪盗ブルーダー・プリンツは戦わずして盗み、逃げるのが仕事だ。 「義弥も入ってくれないかなぁ」 威はモバイルを操作し、俺たちにディスプレイを見せた。そこには、義弥の今までの戦績が示されている。 「実力は未知数だけど、実践の数なら希を超えてる。いい武器になると思うよ」 「それは置いておこう。とにかく今は、明々後日どうするかだ」 勲が右手を上げると、全員が注目した。 「俺たちの目的は、妹を守ることだ。そのために妹を犠牲にするのは本末転倒だし、何より久しぶりの兄妹の再会を邪魔したくはない。だが、怪盗としての俺たちの実績を崩してしまうこともできない。というわけで、当日は決行時間ギリギリまで侘真と妹を一緒にいさせる。その間に俺たちは可能な限り準備を進める。決行時間は夜八時だ。もし妹がそれまでに就寝すれば問題ないし、でなければ俺たちの妹といさせよう」 「なるほど、いとこ同士の付き合いも必要ってことだな」 「ああ。――そして可能な限り事を済ませ、できるなら二十一日が終わる前に侘真を家に帰らせる。詳しい計画は放課後に立てよう」 「ロジャー」 俺たちはこくりと頷いた。 それからの二日間は忙しいの一言に尽きた。 刻々と変わる相手の状況。それにあわせての作戦の変更。 同時進行で妹を迎える準備。怪盗であることを悟らせないためのカモフラージュや、兄として恥ずかしくないように部屋の掃除もした。 それでも、嫌にならなかったのは、きっと妹に会えるからなのだろう。 「ちっ、少し遅れたか……」 六時十分を指す駅前の時計を見ながら俺は毒づいた。 今日の計画の準備に手間取り、気付いたときには約束の時刻に間に合う時間ではなくなっていた。 「ちくしょう、いてくれよ!」 焦りながら、俺は駅前を歩き回った。 しかし、なかなか記憶の中の妹の姿は見つからなかった。 似た顔立ちの少女、似た背格好の少女、似た髪型の少女。 あらゆる女の子に声をかけたが、四葉という名前の少女はいなかった。 (どうした? まさか誘拐!? いやいや事故かも――事故!? そんなバカな!) そうして時間は経っていき、もう決行時間になりかかっていた。 「あーもう、ちくしょう!」 俺は携帯を取り出して、勲に電話をかけた。 『そうか。わかった。――希を向かわせる。やつがついたら、すぐに来い。お前の家のほうには妹たちをやる』 「……わかった……!」 『すまん。お前をこんなことに巻き込んだばかりに』 「何言ってるんだ。こんなこと、なかなかできないって」 通話をきり、希を待つ。ほどなくしてバイクに乗った希が現れる。 「乗っていけ。間に合わなかったら、さらに意味がなくなる」 「わかってるよ」 希が降りると同時にバイクに跨り、発進させる。 まったく、ついてない! ブルーダーの仮面を被り、俺はヤクザの邸の中を歩いていた。 今回の目標は、裏オークションで競り落とされた盗品の宝石だ。数年前に盗み出され、数ヶ月前にオークションに出され、ここに流れ着いた。 俺たちの悪の定義からすれば、ヤクザは悪に定められる。特にここのヤクザは拳銃や麻薬さえも普通に街に流していた。 (絶対、成功させる) と、目の前の角から黒服の男が現れる。 俺は足を止め、廊下の脇へと移動した。 確実に見える範囲だ。だが、男は俺など見えないように、その場を素通りした。 これが俺の力だった。 勲に言わせれば、一種の催眠だという。見えているのに見えていない。それと同じことが五感全てに通用する。相手は俺の姿も匂いも音も味も触感も感じられるのに、まるでそれを認識できないのだ。 まさしく泥棒向けの能力と言える。勲達に会っていなければ、俺は間違いなく犯罪者への道を歩いていただろう。 俺は仮面の裏に表示された地図を頼りに歩いていた。 威が作ったこの仮面は、威が持つコンピュータから送られてくるデータを表示するディスプレイの役目も果たしている。カメラとマイクもついているので、こちらからのデータも向こうにわかるのだ。 そして、広間へと辿り着く。百人は詰め込めそうな大広間は、その見通しのよさのためか、わずか三人しか見張りがいなかった。 そこで俺は力を解く。 見た目には何も変わらないのに、三人の黒服は俺が突然現れたように感じただろう。 勲はこれを、認識回復と呼ぶ―― 「ブルーダー・プリンツ!」 「てめえ、どこから現れやがった!」 俺は仮面越しに口元を撫で、三人に言った。 「私は白日の下からやってきた。すべての罪を、さらけ出すために」 「ふざけんな!」 警報が鳴り響き、どかどかと黒服たちが現れる。まるで映画だった。 「さあ覚悟しろ」 「お断りします」 百人の黒服を前に俺は笑い――力を発動させた。 「き、消えた!」 「そんな――どこだ!」 黒服の悲鳴が上がり、部屋を探し始める。 だが俺は、そんな彼らの横を悠々と通り過ぎ、広間を出て行った。 外にあるのは、閑散とした廊下。俺は一気に走り抜け、宝石が閉まってある金庫のある部屋へと走った。 邸の一番奥の部屋には、五人の黒服と老人――宝石の持ち主がいる。 老人はそわそわしながら、広間の騒ぎを気にしていた。 「どうした、盗人はまだつかまらんのか!?」 (ここにいますよー) 口には出さず俺は答えた。いかに (それじゃ、行きますか) ポケットからボールを取り出して、ピンを抜いて床に転がす。 「な、これは――」 気付いた黒服が声を上げると同時に、ボールにあいた穴という穴から白煙が噴出した。 その隙に威の情報にあった金庫の鍵を開け、赤い宝石を盗み出す。 安心した瞬間、仮面の裏のディスプレイに文字が表示される。 『勲だ。妹が見つかったぞ』 「なっ!?」 驚きに、思わず声が漏れる。 それがいけなかった。集中が途切れ、インヴィジブル・センスがかき消える。 「ぶ、ブルーダー・プリンツ!」 「やばっ!」 俺は身を翻し、部屋から飛び出した。 「輝きはいただく。偽りの持ち主よ」 インヴィジブル・センスを発動させ、俺は邸を駆け抜けた。 『大丈夫か?』 「やばいって。いきなりビックリすること書くな」 小声で告げる。向こうからはチャットで、こちらからは声で意思疎通をするのがルールだ。 『悪い。だが知らせた方がいいと思ってな』 「そうかよ。で、なんだって?」 『駅員の話によると、それらしい少女はしばらく待っていたが、お前が来る一分前に駅を離れたそうだ。恐らく、間に合わなかったお前が事故にあったのだと心配したのだろうな』 「まったく、十分ぐらい待てないのかね。四葉ちゃん」 『まさしくお前の妹だよ。それで、まだ見つかってはいないが、それらしい人物を見かけた情報を、威がキャッチした。ちょうど、お前の家とお前のいる場所の間だ。帰りに見つけてくるといい』 「簡単に言うな!」 『大丈夫。兄妹は引き合う。そういうものだ』 交信終了のメッセージが出る。 俺は心中で毒づきながら、邸を飛び出た。 その相手が、戯言を言う勲なのか、十分ぐらい待てなかったまだ見ぬ妹なのか、はたまた約束の時間に間に合わなかった俺なのかは、わからなかったが。 邸から充分離れた場所で、俺は足を止めた。 「見つけろって言われてもなぁ……」 ブルーダーの仮面のまま呟く。 と、道の隠れている路地裏を出たところから、猫が鳴くような声が聞こえた。 顔を出すと、少女が地面に座り込んで泣いていた。 ……ここで放っておくのは、ヒーローのすることじゃないな。 「どうしたんですか、お嬢さん」 「え?」 少女が顔を上げる。 泣き声と同じく、ネコの印象を受ける顔立ちだった。悪戯好きで、少しドジで、でも愛らしい。 「だ、誰デスか?」 「私はブルーダー。怪盗ブルーダー・プリンツです」 「怪盗……Phantom Thief!?」 少女は飛び上がり、何故か俺に向かって身構えた。 「どうしたんですか?」 「ドロボーは探偵の敵デス! シャーロック・ホームズにはモリアーティ教授なのデス!」 「そうですか。ところで、こんなところでどうしていたんですか?」 「それは――」 「見つけたぞ!」 少女の言葉を遮り、黒服たちが走ってくる。 「やれやれ」 内心焦りながら、俺は力を発動させかけ、少女の存在に気付いた。 もし彼女を置いていったら、奴らは彼女を関係者と思うだろうか。 (やれやれ) 本心で思い、俺は少女を抱き上げた。 「わ、わわ!?」 「少し、静かにしていてくださいね」 言って、俺は力を発動させた。 駅前の路地裏で少女を下ろし、俺は少女に言った。 「いいですか? ちゃんと交番に行って、名前と、行きたい人、連絡先を言うんですよ?」 「はいデス。……でも、どうして助けてくれたデスか? 怪盗さんなのに」 「私は正義の怪盗さんだからですよ」 すると少女は俯いて、ぽつぽつと喋り始めた。 「探偵は、怪盗の敵デス……探偵は、怪盗をつかまえなくちゃいけないんデス……だから、怪盗さんは……」 「わかりました」 「え?」 「でも、ただではつかまりません。あなたがもっともっとすごい探偵になって、私に追いついたら、対決しましょう」 口元に人差し指を当てる仕種をする。 少女はぱっと顔を明るくし、頷いた。 「わかったデス! きっと、ものすっごい、世界一の探偵になるデス! だから、そのときまた、対決デス!」 「そうですね」 俺は一歩下がって、少女に礼をした。 「私は怪盗ブルーダー・プリンツ。それではお嬢さん――Gute Nacht」 そして俺は、力を発動させた。 交番に走っていく少女に追いつき、俺は声をかけた。 「おーい」 「チェキ? ――あー! 兄チャマ!?」 少女は踵を返して俺に向かって走ってきた。 「兄チャマ兄チャマ! 本物の兄チャマデス!」 「そうだよ。俺が四葉の兄チャマだ」 「わーん♥ 本当にうれしいデス♥」 夜の駅で騒ぐ妹に、俺は苦笑した。 「それじゃ、行こうか。俺の家に」 「はいデス! でも、どうして兄チャマ、すぐに四葉だってわかったデスか? 四葉後ろ姿だったデス」 「そりゃーわかるさ。なんせ兄チャマだから」 「さっすが四葉の兄チャマです。あのねあのね、四葉イギリスから来たの! 兄チャマをチェキするために――」 満面の笑みで喋り続ける妹に、俺はうんうんと頷いた。 そりゃわかるさ。 見たときに懐かしさを感じて。 話したときに直感して。 振り返ってくれたときに確信した。 『大丈夫。兄妹は引き合う。そういうものだ』 さすが兄歴が違うヤツは言うことが違う。 「それでねそれでね、四葉、怪盗に会っちゃったデス!」 「へ〜、そちゃすごいや。この街じゃ有名人なんだぞ」 「わぁ! 四葉ラッキーデス! 四葉約束したデス! いつか立派な探偵になって、その怪盗さんと対決するデス!」 しゅっしゅとシャドーする妹に笑い―― 俺は、これからの生活に胸を膨らませた。 このあと、彼女がかの怪盗に触発され、もう一つの姿を持ったという事件が起こるのだが―― それはまた、次なる機会にということで。 "Phantom thief's obligation"closed.
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